三四郎

支那の夜 蘇州夜曲 前篇の三四郎のレビュー・感想・評価

支那の夜 蘇州夜曲 前篇(1940年製作の映画)
4.4
これは国策映画とも、そうでないとも言われる不思議な映画だ(現代では国策映画ではないと言われている)。ただどちらにしろ、この映画が好きだ。
この映画を日本語恋しさのあまりベルリン大学留学中に観たことを契機に、日本の戦前から戦後の旧作に興味を持ち心酔するようになった。

「本当の映画っていうのはね、魂を揺さぶるような、観る人の人生を変えてしまうような力を持っているんだよ」

『キネマの天地』(1986)の科白だが、私はまさにこの映画により人生が変わった。
同時代のハリウッド映画と比較しても遜色ない、当時の上海の息づかいを感じることのできる映像的にも物語的にも優れたものだ。
政治的に見てもジェンダーの構図から分析しても奥行きのある興味深い作品だった。

「さよなら李香蘭」
(1989年TVドラマ)を映画鑑賞後に見たが、この作品は中国人からかなり批判されている。「中国で『支那の夜』を見た人はいない」「何故、李香蘭はあの映画に出演したのか」と詰問され、「日本人に殴られた中国人女性がその殴った日本人男性を好きになるはずがない」「日本人が作ったストーリーは常に日本人の目線でしか語られないので中国人には気に入らない」と。

私はあの長谷川一夫に殴られるシーンは名場面のひとつだと思った。
あの時の李香蘭のやるせない、しかし鋭い目。殴られたことによって、自分に対する彼の放って置けない愛情、あたたかさ、思いやりというものがわかったのではなかろうか。彼は彼女のことを親身になって考えており、日本人として、日本人代表として中国人である彼女とわかりあいたいと心底感じていた…だからこそ、周りの日本人が彼女に対して心配し気遣いするのを頑なに受け入れず、さらに反抗する態度は目に余るものがあった…それで思わず殴りたくないのに殴ってしまったという演技だ。親子の愛情のような深い深いシーンに思える。

実際、撮影現場で長谷川もつい本気になり、本当に殴ってしまったようだが、だからこそこの名場面は生まれたのだ。

しかし、中国人の気持ちもわかる。日本は頼んでもないのに国に入ってきた「侵入者」なのだから。やはり私は、どれほど中国人や韓国人の気持ちを理解しようと思っても…日本人なのだろう。
三四郎

三四郎