YasujiOshiba

はじまりの街のYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

はじまりの街(2016年製作の映画)
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自転車は映画的だ。人は自転車に乗って映画的になる。景色が速度を持ち、早くても遅くても、来るべき転倒への予感に、画面を緊張させる。だからオープニングからすでに転倒の予感がある。

2台の自転車。後ろ向きに走るカメラが正面から捉えるのは、並んで走る2人の少年の姿。サッカーの練習帰りで、歳は13歳だから中学一年あたり。すべてわかっているつもりでいるのは、そのサッカー談義からわかるのだけど、彼らは実のところ何にもわかっちゃいない。

車道の真ん中を並列でふらふら走行しているからではない。それはちょっとした迷惑だけど、幸いにも、後方からやってきた車が、気の短いローマっこにしてはめずらしく、クラクションを鳴らさなかっただけ。道が空いていたからか、地元の住人だからかなのか。

しかし、少年たちが何にもわかっていないというのは、そのことではない。ふたりが自転車を降りた時に待っている人生ってやつは、たとえばひとつの扉を開けた次の瞬間に、圧倒的な無力感と孤独が待ち構えていたりするってことなのだ。

それは自転車に乗り始めた時に似ている。うまく乗れたという多幸感に満たされた次の瞬間、地面に膝を擦りつけ、血を流すことになっちまうわけだ。それでも、ひとたびペダルを踏み始めたら、最後まで踏み続けるしかない。いくら転ぶのが怖くても、自分の足はすでに地面を離れてしまったのだから。

その感覚は、あのトッレ・アントネッリャーナ(映画博物館)の尖塔へ向かうエレベーターのようでもあり、トリノの青い空に登って行く熱気球のゴンドラのようでもある。

熱気球といえば、なんだかこの映画のヴァレーリア・ゴリーノみたい。彼女はほんとうにナポリ的な重力を感じさせる女優さんなんだけど、この作品では、まるで熱気球みたいに熱くて軽やかだ。

マルゲリータ・ブイはほんとうに大女優になってきた。この人、80年代はきれいだけど軽くてちょっと神経質そうな女優さんだったのだけど、やっぱりシワを堂々と見せられるようになると違ってくる。この映画ではあえて疲れをみせるためだというけれど、それができるのは名優のあかし。

ソフィア・ローレンも『特別な1日』あたりから老け役ができるようになって女優の寿命をのばして、いつまでたっても若々しい女優になったし、あのマストロヤンニも言ってたっけ。映画では老け役ばかりを選んで、実際に会った人から「そんなにお若いとは思いませんでした」と言わせるのが楽しいとか。

あとは、ヴァレーリオ役のアンドレアくん。すでにテレビで大活躍らしいけど、お願いだから『ホーム・アローン』のカルキンみたいならないでよね。できれば、アンドレア様っておっかけができるくらいのいい男になって、この国に、今一度、イタリアブームを巻き起こしてくれると、うれしいのだけどね。
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