むーしゅ

シェイプ・オブ・ウォーターのむーしゅのレビュー・感想・評価

4.7
 メキシコが誇る映画監督トリオ"The Three Amigos of Cinema"の一人Guillermo del Toro監督の作品。2013年に「ゼロ・グラビティ」でラテンアメリカ人として初めてアカデミー賞監督賞を受賞したAlfonso Cuarón、2014年「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」と2015年「レヴェナント: 蘇えりし者」で65年ぶり至上3人目の2年連続アカデミー賞監督賞を受賞したAlejandro González Iñárrituの2人に比べて完全に出遅れていたので、「ラ・ラ・ランド」のDamien Chazelleに1年割り込まれたものの、監督賞が獲れて良かったです。というかほんと今ハリウッドでメキシコが熱いです!

 「航空宇宙研究センター」の清掃員として働いている発話障害を持つイライザは、清掃のために入った研究室でホフステトラー博士が運び込んだ謎の生物に出会う。「半魚人」のようなその異形の生物に興味を持ったイライザは毎日食べ物を持って彼に会いに行くようになり、次第に交流を深めていくが・・・という話。話題にはなっていたものの、なんとなく期待せず見たこともあり、見終えた直後はあっぱれとしか言えなくなりました、これはすごい作品です。テーマが"異形への愛"なので、ちょっと前の世の中だったらきっとタブーだった領域かと思いますが、Guillermo del Toro監督の所謂Creature愛によって、とても美しく描かれていて、映画というより絵画のような作品です。

 まず何がすごいってこの「半魚人」何だろうこの高貴さは。物語前半では正直気持ち悪いだけの"異形"で、おいおいなんでこいつと恋愛できるんだよ、という感じですが、物語が進むにつれてどんどん神々しくかつ愛らしく見えてくる不思議。この感覚、日本人ならきっとわかる特撮怪獣愛ですよ。ウルトラマンシリーズでピグモンがどんどん可愛く見えるような、そんな感覚。このご時勢でCGじゃなくきぐるみを着た俳優が演じるCreatureを生み出すなんてdel Toro監督らしいし、この作品の最も賞賛すべきポイントです。CGの方がきっとリアルな映画になるはずですが今回のテーマは愛。監督がかつて愛した日本の特撮怪獣達と同じ着ぐるみCreatureで勝負をしたわけです。またまるで水泳選手かと思うようなその半漁人の形状。鱗だらけか、粘液べたべたが水の中から出てくると思ったら予想外のアスリート体系。無駄なセクシーさにびっくりです。そして中に入って演じているのはdel Toro作品常連のDoug Jonesですから。監督の思いをしっかり形にした極上のCreatureになりきります。そういった様々な要素が絡み合って最終的に映画の中に愛すべきCreatureを生み出しています。

 それだけでなく物語の主人公イライザを演じるSally Hawkinsが素晴らしい。監督は草案段階(オファー前)から彼女の当て書きとしてイライザの人格を仕上げており、もう人として出来上がってます。本当に言葉が話せないのではないかと思うほどそこにいる存在感です。そして卵を茹でる、雨が降るなど、彼女の周りに存在する”水”。物語の前半から彼女の周りには水が存在しており、この後の物語を静かに暗示していきます。また映画全体はターコイズブルーをベースにした世界観なのに、彼女にだけ"赤"が与えられており、それが一際目を引きます。きっと普段の生活では街の背景に溶け込んでいるだけなのに、視聴者側からすると1輪の薔薇の花のように見えてくる。ポスターにもなっている彼女と半魚人の水中浮遊シーンは芸術作品です。

 2人のカップルが完璧なのはもちろんですが、職場の同僚ゼルダとアパートの隣人ジャイルズもかなり良い味を出しています。彼女と違い言葉は話せますが裕福ではない黒人のゼルダと、彼女が唯一の話し相手となっているゲイの老人ジャイルズ。イライザ・ゼルダ・ジャイルズは皆、ある意味人間界の異形なわけです。しかし半魚人を助けようと暴走するイライザを、落ち着かせるためあえて良識人として反対の立場にも立つゼルダとジャイルズは、この物語がB級へ走っていかない最大の要因です。まさに"Calm Down"要員。ちょっと落ち着けと言ってくれる二人がいるから視聴者も安心して映画の世界へ入っていけるような気がします。ホント登場人物に隙が無い映画です。

 del Toro監督は幼いときに見た「大アマゾンの半魚人」で、ギルマン(半魚人)とケイ(人間女性)が悲恋で終わるのではなく無事に結ばれていたら、という思いから「大アマゾンの半魚人」のリメイクを作ろうとし、本作が出来上がっていったようです。先入観が拭えないとなんとなく気持ち悪さなどが心から離れなくなり、最後まで違和感を覚える作品であることは容易に想像できますが、是非そのあたりを一回忘れてから映画の世界で溺れてほしい、そんな作品です。美女と野獣が恋をするのを美しいと思えるわけですから、この作品だってきっとそう思えるはず!
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