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ラブレスのambiorixのレビュー・感想・評価

ラブレス(2017年製作の映画)
4.1
日本の是枝裕和が「血のつながらない人間たちが少しずつ家族になっていくプロセスを描くこと」に執着してきた監督だとすれば、ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフは逆に「家族の形が破壊されていくプロセスを描くこと」に一貫してこだわり続けてきた監督と言えるよね。
会社の社長の方針で否応なしに結婚を余儀なくされたボリスと、嫌いな母の束縛から逃れたい気持ちから仕方なく結婚を選んだジェーニャ。打算ずくでくっ付いた2人にはできちゃった婚の末に産まれた12歳の息子アレクセイがいるのだけども、いかんせんここに至るまでの経緯があれなので、彼はろくすっぽ愛を注いでもらえないし、さらに悪いことに、離婚後の両親にはそれぞれ新しいパートナーがいて、両陣営ともアレクセイを引き取る気はないときている。物語はそのアレクセイが突如謎の失踪を遂げるところから大きく動いてきます。これがひと昔前のハリウッド娯楽映画なら、両親が力を合わせて息子を取り戻し、家族が再生されてハッピーエンド、なんてなオチになるところですが、さすがズビャギンツェフ監督、そういう展開には一ミリたりとも傾かない。終始不在の中心であり続ける息子の存在を通して、タイトル『ラブレス』の字面どおり人間同士の愛の成立しなさみたいなものを暴露していく。
しかし、この主人公のボリス・ジェーニャ夫妻というのが本当にどうしようもないやつらで、まったく共感ができないとは言わないまでも好感を持ちづらいキャラクターではあった。「今の自分が不幸なのは努力が足りないせいじゃない、環境が悪いのだ」「今の家族を愛することができないのは相手が愛するに値しない人間だからだ」と信じてやまず、常に責任を外部に転嫁し続ける2人は揃って不倫を敢行、離婚して新しいパートナーと人生をやり直そうとするわけだけど、それさえも一度めの結婚と同じで単なる打算でしかないのよね。すべての問題の根っこは、夫婦のかたちや親子のかたちとしっかり向き合ってこなかったところにあるのであって、あっちの息子を愛することはできなかったけど今度こそ…なんて虫のいい話があるはずがない。そのことをほとんどセリフを削ぎ落として画面だけで象徴しきったあのラストは悲しくもあり痛快でもあった。甘えてくる子供を無言でベビーサークルに放り込むボリス。ランニングマシンに乗ったジェーニャのうつろな眼差し。結局のところ、愛はどこにも存在しなかった。
あと余談だけど、この作品ほどスマホがなんの役にも立たない映画も珍しいなと思う。どの登場人物も隙あらばスマホを弄ってるんだけど、みんな一様につまらなそうだし、彼らがスマホで何を見ているのかという点もいっさい問われない。話の本筋にも関わってこない。それどころか会話を中絶させるためにスマホが使われたりもする。これも、誰かとつながっているようでいてその実誰ともつながっておらない、コミュニケーションの断絶みたいなものを表してるんですかね。
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