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女王陛下のお気に入りのmのレビュー・感想・評価

女王陛下のお気に入り(2018年製作の映画)
5.0
個人的にたぶん今年一番愛する映画になると思う。

冒頭のFOXサーチライトロゴに鶏の声で奏でられるFOXファンファーレが気付くか気付かないかの音量で微かに被さる所から既にヨルゴス節は大暴走。しかしこれまでのヨルゴス・ランティモス監督作品がテーマやメタファーに重きを置いていたのに対して、今回は完全に登場人物達の心情・ドラマに重きを置いているのが大きく異なる。ヨルゴス映画史上最もストレートにエモーショナルで、尚且つヨルゴス監督のクセの強い作風もスパイスとして上手く作用している(今回も変なダンスと動物が出てくる)。一癖あって現代的な、素晴らしい『女性映画』だった。

権力・恋愛・政治と様々な要素が絡むパワーゲームの一筋縄ではいかない様相とその渦中で渦巻く人間の複雑さを巧みに描き切った脚本がまず良くできている。

この脚本に加えて、三者三様に多面的で豊かな人物像を肉付けして演じ切った3人の女優達が映画を完璧なものにしている。
強かで太々しくもそれだけではない怯えや思慮を時折垣間見せるエマ・ストーン、完全なるタカ派で強権的である一方で純粋な愛を抱えるレイチェル・ワイズ、そしてただ単純に『ひ弱』なだけではなくあまりにも複雑なグラデーションの『弱さ』を持つオリヴィア・コールマン。誰一人として分かりやすいステレオタイプの人間はいない。全員アカデミー賞級の豊潤な演技で、時に滑稽で時にスリリングで、時に胸を引き裂かんばかりに哀しい彼女達の人間模様が心に刻み込まれた。


広角レンズ・魚眼レンズを多用して権力とパワーゲームの歪さを演出しつつも、人物にアップで寄るべき所ではルールを放棄してしっかり寄る撮影も映画の大事な要になっている(移動撮影も巧み!)。誰かが言ってた全編ノーライトというのは流石に嘘だったが、自然光重視のライティングも自然で効果的。

コスチューム劇の枠組みをはみ出しそうな暴れ方の衣装も素晴らしく、特にレイチェル・ワイズの衣装はクール!


『女性と男性』の描き方の現代性はかなり自覚的。権力争いの主戦場にいるのは主に女性で、男性は馬鹿みたいに着飾るかこれまた馬鹿みたいに盛った奴ばかり。ある意味かつてのハリウッド映画で女性が負わされていた『役割』を男性がやっている感じ。森での逢瀬や初夜なんてまさに現代的で、女性はもはや誘惑さえする必要なく優位に立っている、というか彼女達にとってはもはやそんな事どうでも良いのだった。



可笑しなダンスパーティ(あのダンスもまたこの映画の女性>男性のパワーバランスを体現している)の後にレイチェルがオリヴィアに「走ろうか」と言って楽しげに2人が走るシーンや終盤でのエマ・ストーンの一筋の涙に、作り手の人間への思慮深さが現れていて泣いた。永遠に失ってしまったものと逃れられない権力構造の哀しみをヨルゴス節で映像的に提示するラストも重く響く。
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