回想シーンでご飯3杯いける

金子文子と朴烈/朴烈(パクヨル) 植民地からのアナキストの回想シーンでご飯3杯いけるのレビュー・感想・評価

4.0
Filmarksをやっていて、唯一残念に思うのは、欧米の人種差別を題材にした作品に対して「日本では差別が無いので実感が沸かない」というフレーズを使う人が少なくない事だ。歴史的に見れば本作で描かれる朝鮮人差別、現代に於いても嫌韓ムードは依然続いているし、就職等では韓国人以外も含め国籍や民族による有利不利は存在する。例えば深夜のコンビニで働いている人の名札がカタカナばかりであるのを見て、疑問を感じないのだろうか? 日本では、差別問題を描く映像作家が少ないから問題が浮上しないだけで、問題を認識しない事は、結果的に差別に加担している事に繋がるのではないかと僕は考えている。

さて、本作は1923年の東京を舞台に、当時日本で働いていた朝鮮人アナキスト朴烈(パクヨル)と、彼の思想に共鳴した日本人女性、金子文子の共鳴と恋を描いた実話ベースの作品である。

関東大震災後の日本政府によるデマ流布、および朝鮮人大量虐殺のエピソードも含まれており、社会派としての性質が強いものの、登場人物の会話部分に至っては予想外にコミカルな一面を合わせ持っているのが面白い。

そのテイストを象徴するのが、金子文子を演じる女優。日本語が流暢なのでずっと日本人だと思って観ていたのだが、何と韓国人なのだそうだ。朴烈を始めとするアナキストの面々と共闘を語り合う場面でも、持ち前の逞しさだけでなく、女性的な華やかさと人懐っこさを忘れない、その人物描写は、どこかNHKの連続テレビ小説的。逆に言えば、杏や戸田恵梨香のような正統派美女がアナキストを演じているという事。さすが、映画が国民の娯楽文化として広く根付いている韓国ならではという感じがする。

パクヨルを演じるイ・ジェフンとのやりとりは、正にアナキストらしい自由に満ちたもので、社会、政治と言った背景を抜きにしても、自由を欲する若者像として、ある意味爽快ささえ漂う。

さらに注目なのが、作品の性質上、悪役として配置されている日本の高官さえ、このコミカルな作風に合わせるかのように描かれ、差別する事の愚かさを描きつつも、人としては悪と捉えずといった趣き。賛否分かれるところではあるが、結果的にとても間口の広い作品に仕上がっており、大成功と言えるのではないだろうか。