蛇らい

ビール・ストリートの恋人たちの蛇らいのレビュー・感想・評価

3.6
バリー・ジェンキンスは伝えたいメッセージがあるとき、近道をしない。解りやすい描写がてんこ盛りの作品はすぐに胃の中で消化され、うんちになりトイレに流される。栄養価の高いものは人の血となり肉となり生き続ける。

キャラクター像の輪郭をはっきりと捉えて観客に愛着を持たせることで、物語と無関係だとは言えないように心を掴んで離さない。また、ロケーションや美術のディテールにもこだわることで、その場の空気感や匂いまでもがスクリーンから感じ取れるような気さえしてくる。

本作も『ムーンライト』同様、問題を提起するときにまずは物語の人物のテリトリーに優しく招き入れ、彼ら(登場人物たち)と仮想的に親しくなる。その瞬間に観客たちから"他人事"という概念がなくなる。そうすることで自然な流れで違和感なく問題と向き合わすという仕掛けだ。そこにストレスを感じてしまうと本題に入る前に拒絶されてしまう。

22才と19才のカップルならではの若い力を感じるシーンが引き立っていてとても印象的なのだが、特にふたりが新居の内見を済ませた後のシーンが記憶に残っている。街中で周りの目を気にせず喜びを爆発させるふたりの姿を見て、この幸せを絶ち切る権利を持つ者などいてはいけないと強く思わされる。これが素晴らしい。直接力で対抗するのではなく、優しさに溢れたシーンを見せて、あれ?と気づかせる。後者のカウンターはどんなパンチよりも有効な手法だ。

やはりアカデミー賞助演女優賞を獲った、レジーナ・キングの演技は圧巻で泣いてしまった。ファニーにレイプされたと訴えるプエルトリコ人の被害者に考え直すように説得する場面。被害者は事件のことがフラッシュバックして怯えているのか、それとも精神的に追い詰められ、見ず知らずの青年を犯人だと嘘をつき事件から逃避したことに罪悪感を抱いているのか。急に泣き喚き始める。それに対するレジーナ・キング演じるティッシュの母は、憤りや焦り、自分の無念さなどあらゆる方面に散らばった感情をひとつに集め涙として流す。すばらしかったです。

ただ、ティッシュが赤ちゃんにお腹を蹴られてガラスのショーケースに力を入れてしまうカットだったり、駅のホームでティッシュを追いかけるファニーの前に鉄格子があり叫んだりするカットが個人的に過剰に見えてしまったのが残念だった。

映画を撮っているんだから、映画の特性を生かした作品を作ろうとする姿勢が好き。映画という制限された範囲内での立ち回りの旨さだったり、表現の仕方の驚きだったりを与えてくれる作品です。
蛇らい

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