サラミ山カルパス

スリー・ビルボードのサラミ山カルパスのネタバレレビュー・内容・結末

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

魂が震える。

約1年ぶりの鑑賞。
後半、例のブログの反証と私なりの考察も1つ書きました。よければそちらもどうぞ。過去最長のレビュー。

“Anger begets greater anger”(怒りは怒りを来す)

3枚の広告看板が発端となって起こる小さな戦争。小さいけれど、れっきとした戦争。互いの正義がぶつかり合い、可笑しくなるほど怒りに満ちた暴力の応酬。自らの過ちに気づいたとき、傷つけた相手に赦されたとき、今度は自分が赦す側になり、その先に見えるのは一筋の光。

私はこの作品のウィットに富んだユーモアが大好き。本当にどうしようもない人たちだけど、どこか可笑しくて、どこか悲しくて、でもやっぱり可笑しくて。道化師が大真面目に悲劇を演じているのを観ているようなそんな不思議な感覚。それぞれが決して最善とは言い難い選択をし続けるのに、最終的にああいう風に着地させたのがすごいし、この作品の下地がかなり重く根深い社会問題というのもすごい。あらゆる要素が絶妙なバランスで成り立っている作品。ペネロープ本当に好き。

映画史上最も感動的なオレンジジュース🍊


最近巷で話題のおかえもん氏の深読みブログを本当にざーーーっと(ほぼ最初と最後だけ)ですが読みました。この騒動の何がヤバいって、あのブログをそのまま鵜呑みにしている方がかなり多いっていうところですよね。ちょっと怖いので、わかりやすいところを反証してみました。

まず、氏が「この映画最大のトリック」と称している、「3枚の広告看板がウィロビー署長真犯人説の根拠」という点。それに関連して、ミズーリ州の州旗に記された言葉について氏は、

『これを分割(DIVIDED)して読めば、我々はメッセージを見落とす(WE FALL)ということ…そして連結(UNITED)して読めば、我々はメッセージを立ち上げる(WE STAND)ことが出来るということ…』

とおっしゃっていますが、”fall” に「見落とす」なんてニュアンスは全くありません。日本人なら見「落とす」でなんとなく結び付けられるかもしれませんが、外国の方はまず無理です。それに、そもそも「メッセージを立ち上げる」ってなんでしょうか。(笑)もちろん、そのような意味も”stand”にはありません。それっぽく言われるとそれっぽく聞こえますが、その実ありもしない英語とありもしない日本語を作り上げているのです。

また、この作品の日本版ポスターについて氏は、

『他国版では裏側にして見せないようにした看板の文字を「左から読みやすいように」並べろと…しかも「なぜウィロビー署長は?」を、いかにもアヤシイように1枚だけボカシておけば、日本人も気付くに違いないと思ったのに…』

とおっしゃっていますが、煙で見えなくなっているのは”RAPED WHILE DYING”と書かれた看板です。(笑)それに、隠されている理由は内容が過激だから。ブログに載っていた実際のポスターの画像は低画質で確認しづらいのですが、たまたまでしょうか、わざとでしょうか。あと、仮に氏の説が正しければ”AND STILL NO ARRESTS?”の”AND”はわざわざ入れないでしょうね。入れるだけで反対から読むと意味が通らなくなりますから(ここでの”and”の意味は、非難しているニュアンスの「それなのに」が一番近いと思います)。

面倒くさいのでこれ以上の反証はしませんが、2ページ目の「最大のトリック」でこれなので、あのブログの信憑性には正直疑問符が付きます。

このような決して正確とは言えない考察をキャラクターたちに語らせることで、個人的な意見をあたかも客観的な事実のように述べるという氏の書き方にも問題はありますが、あの考察を読んで「この映画は凄い!監督は天才!」となるのは危険すぎると感じます。英語の飛躍した意訳(もはや誤訳)に聖書の引用など、日本人にはあまり馴染みがないので仕方ないのかもしれませんが、監督が公式に言及したわけでもない1鑑賞者の真犯人考察をある種の「正解」として答え合わせをするために映画を観る。その「正解」に気づけなかった自分に落胆すらする。感性が死ぬ瞬間です。

ただ、彼の知識量(調べる努力?)は凄いです。知識があればあるほど映画は楽しめるって本当にそうですからね。信憑性が高そうな部分だけを考察していくスタイルだったら、本当にいいブログになったと思います。憑依させたらアカン。



ー「鳥はガンになるの?」の考察ー



とはいえ、たしかに意味深なカットなどが多いこの作品。私が特に引っかかったのは、車中でのミルドレッドとロビーの会話。氏のブログでも考察されていなかったので考察してみました。

ロ”Do birds get cancer?”
ミ”Huh?”
ロ”Birds. Do they get cancer?”
ミ”I don’t know. Dogs do.”
ロ”Yeah, well, I wasn’t talking about dogs, was I?”

この会話です。唐突に「鳥はガンになるの?」と言いだしたので疑問に思った方も多いかと思います。まずは、最後のセリフでロビーがかなり苛立っていることからも、


ロビーの望み(鳥の話・アンジェラの死を思い出させないでほしい)よりも、自分の主張(犬の話・過激な広告看板を出す)をするミルドレッド。

というように、この時点での二人の心のすれ違いを表しているという解釈が話の流れからしても自然だと思います。ただあまりにも意味深だったので少し調べたところ、”bird”にはイギリスのスラングで「女の子や若い女性」という意味があるらしく、同じように”dog”にもスラングで「卑劣なやつ(ミルドレッドにとっての警察官?)や女癖の悪い男、ヤリチン」という意味があるらしいのです。また、”cancer”には日本語と同じように「社会悪としてのガン」という比喩的な意味もあるそうです。そこから、この作品の題材でもある「レイプなどの性犯罪」に対してのメッセージとして、


ロ「女の子はガン(社会悪)になるの?(=被害者の女の子が悪いの?)」
ミ「さあね。(エビング)警察とレイプ犯はなるよ(=悪いとしたら奴らだよ)」

という解釈もできるのではないかと思いました。日本でも被害者の女性を責めるセカンドレイプが多々起きますが、それは世界共通の問題です。そして、エビング警察署のずさんな体制にミルドレッドは特に怒っています。その象徴として、警察署の責任者であるウィロビー署長がガンを患っているのかもしれません。
※あくまで個人的な考察です。

やってみてわかりましたが、この作品の考察ってやっぱり楽しいです。この作品を観た人が各々説を持ち寄って話し合いとかしたらめちゃくちゃ楽しいと思います。ただ、憑依させたらアカン。
サラミ山カルパス

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