スリー・ビルボードのネタバレレビュー・内容・結末

スリー・ビルボード2017年製作の映画)

Three Billboards Outside Ebbing, Missouri

上映日:2018年02月01日

製作国:

上映時間:115分

ジャンル:

4.0

あらすじ

最愛の娘が殺されて既に数ヶ月が経過したにもかかわらず、犯人が逮捕される気配がないことに憤るミルドレッドは、無能な警察に抗議するために町はずれに3枚の巨大な広告板を設置する。それを不快に思う警察とミルドレッドの間の諍いが、事態を予想外の方向に向かわせる。

「スリー・ビルボード」に投稿されたネタバレ・内容・結末

全然ハッピーエンドじゃないし、何一つ解決しないけど、すっきりしないかと言われるとそうでもない。それでもやってくしかないよなあ。
みんな、カッとなりやすくて、乱暴で、はぁ〜もう。。とため息ばかりついたヽ(´o`; 行動や考え方が、皆極端で。。
暴力刑事が体を張って犯人を特定したかと思いきや、人違いで、エースッキリハッピーエンド!じゃないのか、、
でも殺しに行く!?どうなってるんだー。。
報われなくて。。ていうところが、この映画の魅力なんやろなぁ(´-`).。oO
ハッピーエンドが好きな私にとっては、苦しい映画だった_| ̄|○
舞台は架空の田舎町であるミズーリ州エビング。 アンジェラ・ヘイズという名前のティーンエイジャーがレイプされた後に焼かれて殺害されるという凄惨な事件が発生した。それから7ヶ月が経過した後も、母親のミルドレッド・ヘイズは娘を奪われた悲しみから立ち直れずにいた。女手一つで育ててきた娘の死は何よりも耐え難いものであった。しかし、時が経つにつれて、ミルドレッドは犯人の手掛かりを何一つ発見できない警察に不信感を抱くようになった。それはやがて警察への怒りへと変化していった。そこで、ミルドレッドは町はずれの道路沿いの殺害現場に立つ3枚の広告板(スリー・ビルボード)を借り受け、そこに「娘はレイプされて焼き殺された」「未だに犯人が捕まらない」「どうして、ウィロビー署長?」というメッセージを張り出した。
ウィロビー署長を敬愛してきたエビングの住民たち、そして息子のロビーまでも、ミルドレッドの行動に憤慨した。特に、名指しで批判されたレイシストとして悪名高い警官のジェイソン・ディクソンは腹の中で怒りを煮えたぎらせていた。広告板の設置が原因で、ミルドレッドと息子のロビーは住民たちから嫌がらせを受けることとなったが、ミルドレッドはそれを意に介さなかった。孤立無援の一家を支えていたのは、アンジェラの無念を晴らしたいという思いであった。
ウィロビーは町民から慕われる人格者であり、ミルドレッドの苦境に同情的ではあったが、それでもなお広告板の設置は自身への不当な人格攻撃だと考えていた。ミルドレッドに自分は膵臓癌の末期症状であり余命少ないことを告白するが、彼女はそれを既に知った上で広告板を設置したと返答。
一方、ディクソンはミルドレッドの行動を警察官である自分への敬意を著しく欠いた振る舞いであると見なしていたため、何としてでも屈服させてやると決意したディクソンは、ミルドレッドに広告板を貸した広告会社社長のレッドを脅迫した。その後、ミルドレッドの友人であるデニスにマリファナ所持容疑をでっち上げて逮捕し、しかも保釈にも応じなかった。ミルドレッドの元夫であるチャーリーは粗野な人物であったが、そんな彼ですらも広告板の設置が引き起こすであろう事態を恐れていた。彼はミルドレッドに「アンジェラが殺される1週間前、あいつは俺と一緒に暮らしたいと言ってきたんだ」と語るのだった。
一見強気なミルドレッドだったが、彼女も自責の念を抱えていた。実は事件当日、アンジェラは友人らと遊びに出かけるのに車を貸して欲しいと頼んだが、娘の素行の悪さに頭を悩ませていたミルドレッドはそれを断った。やがて激しい口論となり、「暗い夜道を歩いてレイプされたらどうするの?」と言うアンジェラに「レイプされればいい」と返答してしまった。
そんな中、ミルドレッドは歯の治療に行く。その歯医者はウィロビーと親しい友人だったため彼女に報復しようとするが、逆にドリルで負傷させられる。歯医者は「私はミルドレッドに襲撃された、訴えてやる」と騒ぎ始めたので、ウィロビーが彼女を尋問することになったが、「何もしていない」の一点張りだった。尋問中、ウィロビーは突然吐血し、そのまま病院へと搬送されていった。自分の死期が近いと悟ったウィロビーは、退院後に妻と2人の娘と過ごす1日を設け、楽しい思い出を作った後に自殺した。
ウィロビーの死が町中に知れ渡ると、「ミルドレッドが広告板を設置しなければ、署長はもっと長生きしていたはずだ」という風評が流れた。ミルドレッド一家を人殺し同然だと思い込んだ町の人々は、彼女たちに一層陰湿な嫌がらせを行うようになった。ついには、ミルドレッドが職場で見知らぬ男性客から恐喝されるに至った。ウィロビーの死に憤慨したのはディクソンも同じだった。ディクソンはレッドが経営する広告代理店に押し入り、レッドとそのアシスタントを暴行し、レッドを2階の窓から突き落とした。ディクソンの一連の暴挙はウィロビーの後任であるアバークロンビー署長に目撃されていた。アバークロンビーは権力を乱用するディクソンを直ちに解雇した。その夜、ミルドレッドとロビーは帰宅中に3枚の広告板が燃え上がっているのを目撃した。2人は懸命に消火活動に当たったが、広告はほとんど燃え尽きてしまった。
警察署ではディクソンはウィロビーから届いた最期の手紙を読んでいた。そこには「お前が犯罪捜査の第一線で活躍したいと願っていると知ってから、何とか助けになってやりたいと思っていた。しかし、病のためにそれも叶わなくなってしまった。お前の欠点はすぐにキレることだ。警察官に最も必要なのは愛だ。そうすれば、もっと良い警察官になれる。ゲイだとバカにする奴がいたら、同性愛差別で逮捕しろ。」と書いてあった。改心したディクソンはそれまでいい加減にやっていたアンジェラの事件の捜査に本気で取り組もうと決心したが、そこで思わぬ事態が発生した。
広告板は警察に放火されたと考えたミルドレッドは報復のため火炎瓶で警察署に放火した。署内で音楽を聴きながらウィロビーの手紙を読んでいたディクソンは放火に気が付かず逃げ遅れたが、大火傷を負いながらもアンジェラの事件の資料が燃えるのを守った。偶然その場を通りすがったミルドレッドの友人のジェームズはディクソンを救助し、警察にはミルドレッドが放火犯だと察しつつも「彼女は自分と一緒にいた、火事とは関係ない」と証言した。
大火傷を負ったディクソンが入院すると自分が暴行したレッドと同室だった。ディクソンは顔が包帯で隠れていたため当初は気づかれなかったのだが、レッドの優しい対応を受ける内に涙を流し、「窓から突き落として悪かった」と謝罪した。レッドは相手がディクソンだと気づき驚きはしたが、糾弾することなくオレンジジュースを差し出した。
一方、ミルドレッドのもとにはウィロビーからの最期の手紙が届いていた。内容は「自分が自殺するのと広告板は関係ない。君の気持ちはわかるが、警察にもどうしようもない事件というのは存在する。憎しみだけで生きないでほしい。」というものだった。更に彼は広告板の維持費として彼女に5000ドルを贈っていた。焼けた広告板は予備の張り紙を使用することで再掲され、ウィロビーが死んでも広告のメッセージは変更しなかった。放火の際に助けられたジェームズに恩義を感じていたミルドレッドは彼と食事に行くが、同じレストランに元夫のチャーリーが現れる。ジェームズが席を外している間にチャーリーは、広告板は酔った勢いで自分が燃やしてしまったと告白する。チャーリーに憤慨するミルドレッドはジェームズに八つ当たりのような接し方となってしまい、ジェームズは「俺は苦しんでる君を支えたかっただけなのに」と帰ってしまった。ジェームズを傷つけてしまったミルドレッドはチャーリーを責めることなくワインを贈り、その場を去った。
退院したディクソンがバーで酒を飲んでいると後ろの席で男が話していた。彼は以前ミルドレッドの店に現れ恐喝した男だった。会話の内容は9か月前に女性をレイプして焼き殺したことを自慢気に語るものだった。ディクソンはその男がアンジェラを殺した犯人だと推測し、車のナンバーから住所がアイダホ州であることを確認すると、ひどい暴行を受けながらも相手の皮膚を爪でかきむしり、DNAを採取することに成功した。
ディクソンはミルドレッドに男のことを話し、二人は和解した。男は逮捕されたが、DNA鑑定の結果その男はアンジェラの事件とは関係がなく、アンジェラが殺された時期には軍の任務でアメリカを離れてある砂漠の国にいたという強力なアリバイもあった。ディクソンとミルドレッドは落胆するが、ディクソンはその男は事件と関係がなくても、レイプ犯であることは間違いないためアイダホに行くと言うと、ミルトレッドも同行することを決意する。ミルドレッドは息子に、ディクソンは母親に別れを告げ、アイダホへ向かう。ミルドレッドが警察署に放火したのは自分だと告白すると、驚きもせず「あんた以外に誰がいる?」とあっさり返された。道中、男を殺すことについてどう思うかについて「道々、決めていこう」と語り、物語は幕を閉じる。
やっと見れた。スリリングなポリス系アクションサスペンスを勝手に想像してたんだけど、いい意味で違ってた。たった3つの広告をきっかけに動き出す(動かされる)小さな小さな田舎町の人々。 怒り続けることを生きる糧としている母ミルドレッド。死に直面している署長。差別主義者のディクソンたちが、それぞれの出来事の中でそれぞれに覚醒していく。。。

それぞれにあんなことやこんなことがあったり、
いろんな要素が盛り込まれているので、見終わった後に反芻して、一個一個 自分なりの解釈で紐解いてくのが楽しい系の映画なのかもしれない。エンディングも含めて。落ち着いたらもう一回観てみよう。

P.S.
ミルドレッドを覚醒させたアホ女子の言葉、
調べたのでメモ。
“anger begets greater anger.” 字幕では「 怒りは怒りを来す(きたす) 」
怒りは怒りを生む…ヨーダも言ってたね。

P.S.
誰かが書いてたけど、例の容疑者についての軍の揉み消し説。ありなんじゃね?と今思った。真犯人でなければ、なんであの男はお店にもわざわざやって来て暴れたんだろう。。むむむむ。
ミズーリ州の田舎町で起こった少女の殺人事件。被害者の母親であるミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、いつまでも事件を解決出来ない警察に業を煮やし、3枚の看板にウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)を批判する内容の広告を出す。
ミルドレッド、ウィロビー、そしてウィロビーを慕う無能でマザコンのクズ警官ディクソン(サム・ロックウェル)。そんな3人を中心としたお話。


とーっても上手に出来た話だなーって思った。そらもうあからさま過ぎるくらいに。
犯人は誰だとか、そういう事じゃないんだねこの映画。観る前は単なる復讐劇と思ってたけどさ。
愛だとか、怒りだとか、赦しだとか、そういう人間的な事を描いた話だったと思う。
後半それがもろに描かれてて、ちょっとゾワってなっちゃったけど。
展開も読めなかったし、単調なようでいて飽きさせない程よいテンポ、そんで何より主要の3人の役者さん達。
ほんと良かった。



【ウィロビーが命を絶った理由】
自分の命の終焉が見えて絶望したわけじゃなく、仕事に疲れたわけでもない。
衰弱していく自分の看病を続ける家族を思って、そしてそれが最後の思い出として残ってしまう事を不憫に思ったし、自分自身もそれはイヤだったから。このシーンが自分の中で一番愛を感じたシーンだった。
自分がウィロビーの立場だったらどうするかなーってちょっと考えさせられたりした。
なんにせよ、彼はこのお話の基盤となるキャラクターだったと思う。


【ミルドレッドの行動】
犯人を捕まえたかった。もちろんそれはそうだと思うけど、それ以上に彼女を突き動かしてた感情は後悔の念だったんじゃないかと思う。娘との最後の会話で放った言葉が『レイプされればいい』。そしてそれが現実となってしまう。母親としてこれほど後悔する事はないんじゃなかろうか。
いつまでも事件を解決してくれない警察に対する苛立ち。こうしてる間にもどこかでのうのうと生きてる犯人への怒り。
それ以上に娘に対する申し訳なさと、自分に対する怒り。後悔。娘の為に何かをする事で赦しを得たかったんじゃないかな。


【焼かれてしまった3枚の看板】
説明するまでもなくこの3枚の看板はミルドレッド、ウィロビー、ディクソンの3人を表してるんでしょうな。激しく燃える看板の炎を必死に消そうとするミルドレッド。なんとか2枚の看板の炎を消すも、最後の1枚は燃えきってしまう。それはウィロビーの名が書かれた1枚。
燃えきってしまったというよりも、ミルドレッドはその3枚目の看板の消火を諦めた感じじゃない?膝から崩れ落ちてさ。
なんだろう、うまく説明できないけど、あの看板は主要の3人を象徴するのと同時に、ミルドレッドの感情も表してると思うのよね。その看板が燃えてしまう。そんでさウィロビーって愛とか赦しを象徴してた感じがするのよ。その看板を前に膝をついてるミルドレッド。なんというか、怒りに任せて行動するのはやめなさいよ。みたいな事を表現してたんじゃないかなって思った。わかんないけど。なんかそんな感じに見えた。
だもんで個人的な解釈だけど、最後ミルドレッドはあの男を殺すには至らなかったんじゃないかなと。ディクソンに気持ちを確認してたから迷いはあったと思う。でもディクソンのあまり気乗りしないけど、、、という返答を受けて、『道々考えましょ』の時点で答えは固まったんだと思う。
ただ、個人的な思いで言うと、犯人とっ捕まえて銃でズドンのがスッキリしちゃうかな。
人間だもの。


【一点だけ腑に落ちない点】
あのレイプ男がミルドレッドのとこに来たシーンさ、結局あいつは犯人じゃなかったわけじゃん?じゃ何しに来たのよ?って事さ。あいつは犯人じゃなかったけど、物語の結末としては必要な人物だった。それを印象付ける為にあのシーンがあったんじゃないかなーって。だってそれ以外にあいつがミルドレッドのとこに行く理由あるかね?ちょっと強引だなーって思っちゃったんだけど、どうだろか?


何度も言うけど、上手すぎるくらい上手く出来たお話でした。(嫌味じゃないよ。)
見終わった直後の印象は「え?これで終わり?」
でもじわじわと良さがわかって来る映画だった。

娘が殺されたというのにまるで調査が進まないことに憤り、三枚の看板を立てた母親。たった三枚の看板が街を騒動に巻き込んで行く。
主なストーリーは娘を殺した犯人を見つけるというサスペンス的なものだけど、そこから派生した差別問題が胸を打った。

ラストは軍の圧力によって殺人犯がもみ消されたか?と疑問に思わせる、正直言えば胸糞悪い展開だったけどそこがすごくリアルだった。
人間は多面的な生き物であること、正しいはずの行為をしても傷つく人がいること。とても、現実に即した映画だと感じた。
思いのほかケラケラと笑いながら観た。車のガラス越しに映る日の光や、イヤフォンやバーの店内でかかるポピュラーミュージック。物語の外にあるものが、登場人物達に作用する(ように見える)。それはとてもロマンチックだった。

でも、脚本と役者さんが大事で、写ってしまうもの達には興味がないのかしら。モヤモヤ。
シガニー・ウィーバーやジュディ・フォスターが演じたのを思い出したが、どんどんエスカレートして行く、アメリカの強く戦う母親像。
結局このお母さんは自分の心を軽くするために犯人探しに躍起になってたところがあった気がしたけれど、犯人が見つからなくても笑顔が戻ったところに心の変化を感じた。
暴力警官のディクソンもそうだし、個人的には許す心の話というより人々の成長物語的な印象を持った。

とにかく次の展開が想像できないところや、俳優さんたちの演技力もセリフも、いろんな面で引き込まれる、また見たくなるような映画だった。
特に印象に残るわけでもなく
結局犯人は分からずじまい....
なんかスッキリしない
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