Matilda

スリー・ビルボードのMatildaのレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
4.5
これが映画だ、ということがにわかに信じがたい。そう思いました。
これは、私達の人生そのものであり、今まさにこの出来事が目の前で起こっているかのような錯覚をさせました。

予告編だけ観たとき、なぜこの映画がこんなにも世界中で評価されているのだろうかととても不思議でした。ブラックユーモアのある社会派映画なのだろう、でも限りなくドキュメンタリーに近いものだろうから、ゲットアウトのような衝撃はないだろう。勝手にそう思っていました。

でも違いました。キャッチコピーの「魂が震える」は正しかった。

怒り、というのは一度沸き立ったら簡単に収まる気持ちではないです。だから登場人物たちの一見行き過ぎたような行動も、現実には容易に起こりえるものなのだと思います。
怒りという感情には何かしらきっかけがあったはずで、それが誰かへの愛ゆえだったり、自責の念からだったり、理由は様々です。人間誰しも、表の顔と裏の顔があって、それは他人が簡単に知ることができるものではない。だから表面的な部分だけでその人を悪と決めつけることはできないし、人々はきっと正義と悪の部分を両方を持って生きているのだと思います。正義と悪は正反対なようで、実は表裏一体なのかもしれない。

そして、世の中には正しいものと間違っているものだけではなくて、曖昧で中途半端なものもあります。私達の中にもその中途半端な部分はきっと存在します。そのとても複雑で分かりにくい世界の中で、私達は生きているわけで、私達は自分でそれは正しいとかそれは間違っているとか偉そうなことを言いながら、何にも分かっていないわけです。
今までそれなりに頑張って生きてきたつもりなのに、よく考えたら私達は、人生を、世の中を前にあまりにも無力なんです。

でも、それに落ち込む必要はない。この作品は教えてくれました。
娘をレイプした犯人をどこまでも追いつめていこうとする主人公に、この映画は「許すこと」をさせませんでした。娘の事件を乗り越えるために、主人公本人が「変わること」をさせませんでした。
この映画は「人間とは弱くて醜く罪深い。でも、それが人間だ。そのままでいい。」と私達に語りかけていたように思います。この映画が、主人公や観客を含め、全ての人間を、許したんです。だから私は観ていて、救われたような気持ちになりました。

何かを乗り越えるために自分を変える決断をすることは、とても素晴らしいことです。でも、何かを乗り越えるために自分を変えなくたっていいんです。私達はそのまま、生きていていいんです。

これは、すべての人間を肯定する映画だと、私は思います。

ウディハレルソン目当てに観ましたが、本当に素晴らしかったです。でもサムロックウェルとフランシスマクドーマンドも最高でした。役者の演技魂を見せつけられた作品でした。賞レースで圧勝なのも納得。

追記:
アメリカでは98秒に1人がレイプ被害にあっているそうです。そんな中で、この映画を世に出したのは、とても意味のあることだと思います。もしかしたら作中の彼は本当に犯人だったのかもしれない。でも他のレイプ事件の犯人だったかもしれない。今回の事件も含め、複数の事件に関わっているのかもしれない。どの可能性だって、今のアメリカならあり得るのだと思うと、この悲惨な状況を変える術はないのかと思わざるを得ませんでした。
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