垂直落下式サミング

スリー・ビルボードの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
5.0
ミズーリの田舎という廃頽的な風土を舞台にしているが、その場所はことの顛末をただ静かに見守るのみであり、陳腐なノスタルジーを誘うことはない単なる背景である。
論理的なただしさを確保しながら、意識的に場を凍らせるようなことをつらつらと述べる妙に理路整然とした態度の母親や、皆に慕われる人格者かのような素振りをみせるが、その奥には暴力的な感情を隠している所長の言動など、誰も彼も重層的なキャラクター描写のなされた台詞を吐く。
ここに、善人、悪人、理解者、敵対者という線引きは存在しない。登場人物を誰も単純に色分けをしないのである。
そもそも、不条理にも娘を失った母親が、怠惰な警察組織に業を煮やしてただひとり孤独な復讐に手を染めて…というような単純な構図を期待してはいけない。人間のひとつの側面が描かれると、次の展開ではまた別の角度からスポットライトを当て、フォローなり弁明なりをさせ、誰も彼も多角的な視点で肉付けしていく。
強固な意思がひとつあるよりも、人としての強さだけでなく、弱さだけでなく、厚みのある両方を持っているほど勇気や胆力を手にすることができるのだと、物語は普遍のヒューマンドラマを語ることに終始している。
ひさしぶりに一本の映画を二回劇場で鑑賞したが、二回目は誰にどのタイミングでどの情報が明かされ、それによって心情にどのような変化がおきるのか、そんなところを重視しながら物語を追ってみた。
そのような微視的な見方に依らず、本作は物語の円環を揺るぎなく鮮やかな筆跡で綴った最上級の映画作品と言えよう。

まだ劇場で上映中のものに何か言おうとすると全部ネタバレになりそうなので、ストーリーへの言及は控えておくこととする。
ともかく、今、1800円しかないんだったら、観に行くべきは間違いなくこの映画だ。