fujisan

工作 黒金星と呼ばれた男のfujisanのレビュー・感想・評価

工作 黒金星と呼ばれた男(2018年製作の映画)
3.9
『決して、目を合わせてはならない』
北朝鮮の首領様、現在であれば金正恩に謁見する一般人は、何を守らないといけないのか。

本作は、ビジネスマンとして北朝鮮に潜入し、実際に金正日と謁見した韓国のスパイ、黒金星による政治工作を描いた史実に基づく映画です。


■ 時代背景とあらすじ

時は1997年、映画「国家が破産する日」で描かれた通貨危機の混乱も冷めやらぬ韓国では、与党の李会昌(イ・フェチャン)と野党の金大中が次の大統領の座を争っていた。

遡ること5年前、元陸軍将校パク・ソギョン(ファン・ジョンミン)は、その優秀さから国家安全企画部(安企部)にスパイとしてスカウトされ、北朝鮮の核開発の実態を探るため、ビジネスマンとして中国に潜伏していた。

1991年のソ連崩壊により後ろ盾を失い、極度な貧困状況にあった北朝鮮の思惑を利用し、パクは北朝鮮への潜入に成功、持ち前の能力で北朝鮮内での信頼を勝ち取っていく。

一方、大統領選挙が迫る韓国では、安企部が焦っていた。野党候補、金大中は政財界への癒着や暗殺も厭わぬ安企部の解体を公約に掲げており、政権交代となれば、自分たちの身が危うい。

焦った安企部上層部は、パクの北朝鮮ルートを利用し、韓国内で北朝鮮脅威の世論を高め、与党候補を勝利させるべく、北朝鮮からの越境攻撃を画策。のちに、”北風工作”と呼ばれる事件が描かれる。


■ 映画について

スパイがビジネスマンを装って敵国に潜入、敵国側との人間関係を築いていくプロットは、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「クーリエ:最高機密の運び屋」とも似ていますが、クーリエと同じく、本作も実話ベースであることに驚かされます。

今も謎のベールに包まれ、常に命の危険にさらされる北朝鮮内で、数々の危険を臨機応変に切り抜けていく。それも、ミッション・インポッシブルのようなアクションはなく、言葉と行動だけで切抜けていく役は、おしゃべりモンスターのファン・ジョンミンにピッタリの役柄でした。

また、北朝鮮側の交渉役が「ソウルの春」で陸軍参謀総長役を務めたイ・ソンミンということで、全斗煥を演じたファン・ジョンミンとともに、「ソウルの春」の役柄を思い出しながら観ても面白い作品となっていました。

また、本作で話題となったのは、特殊メイクで再現された金正日総書記の姿。小泉元首相訪朝など、ニュース映像で見た限りですが、本物にしか見えない再現力で驚きました。

本作は、スパイものの王道である、いつバレるかの緊迫ストーリーですが、韓国の名優たちが繰り広げる、史実ベースの”アクションのないスパイ映画” として、素晴らしい映画となっていました。


■ 映画が描いたもの

本作は、コードネーム『黒金星(ブラック・ヴィーナス)』として実在したスパイが残した手記や、監督が直接聴き取った内容を元に映画化した作品。

映画内の細かい描写の正確性はわからないものの、北風工作が実際にあったこと、南北共同で制作されたCM広告が実際にあったこと、金正日との面会が記録されていることなど、実際の記録が残るものがベースとなっています。

関係する情報のリンクは末尾に記しますので、大統領選の結果と北風工作の結末や、スパイ、黒金星と北朝鮮側のリ所長の行く末は、是非映画本編にてお確かめ下さい。


(以下は、ネタバレです)












史実ベースの映画なので、調べればすぐに分かるのですが、映画としてのネタバレに直結してしますので、追加情報はこちらに書きますね。


□ 黒金星(ブラック・ヴィーナス)について

映画ではファン・ジョンミンが演じたスパイ。本名は朴采書(パク・チェソ)として実在の人物で、現在も存命中。

映画では、リ所長とともに金正日に再謁見し、韓国攻撃を思いとどまらせていましたが、おそらくそれは脚色。実際は金大中候補側に北風工作をリークし、面が割れたことで、スパイを引退しています(逮捕されるも、無罪となり保釈)

その後も中国や韓国で普通の生活を送るも、2010年、再び政権交代によって大統領となった李明博政権下で再逮捕され、6年間禁固刑として独房暮らしの後、2016年に釈放。

本人のインタビューでは、自分の身を守るために、金正日、張成沢らとの会話録音を海外で保管していると公言するなど、現在も危うい状況のようです(尿道に録音機を入れていたなど、強烈なインタビュー内容です。URLは末尾に)


□ 登場人物について、他

基本的には全て実在のモデルが居るそうですが、北朝鮮側はリ所長(イ・ソンミン)以外は複数の人物をミックスした役にしたりしているそうで、これは、まだ生きている方が大勢居る、近代の話だからでしょう。

強烈だったのは、北朝鮮内の貧困の描写でしたが、これも事実だそう。

今年、脱北者のドキュメンタリーが話題になりましたが、今も北朝鮮の貧困状況は変わっていないと思われ、映画内で死体が積まれたシーンや、子供が10ドルで売られるといったセリフには、胸が苦しくなりました。

韓国側も、金大中が当選したことによって国家安全企画部は解体となりましたが、実際は組織名変更に留まったという指摘もあり、こちらも、今も同様の危険な組織体は存続しているんだろうな、と思います。


□ 参照先情報

以下、関連情報のご紹介です。

「本当にこんなことが…」映画『工作 黒金星と呼ばれた男』監督が語るスパイが明かした衝撃の実話(桑畑優香) - エキスパート - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ffe3461a8fdb2bd6d1960b0da146f87b529acd6a
監督のインタビュー

コードネームは「ブラックビーナス」、故金正日総書記と面会した韓国人スパイ 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
https://www.afpbb.com/articles/-/3192112
パク・チェソ(黒金星)本人が釈放後にAFPの取材に答えたインタビュー

[HD] Hyori - Anycall CF with North Korean Dancer (long version) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=DrOaXbeN-AE
劇中でも描かれていた、南北共同で撮影された実際の携帯電話CM。韓国アイドルのイ・ヒョリの対面シーンは映画とそっくりですね

黒金星事件 - ナムウィキ
https://ja.namu.wiki/w/%ED%9D%91%EA%B8%88%EC%84%B1%20%EC%82%AC%EA%B1%B4
パク・チェソおよび、本作で描かれていた事件についての史実解説。北朝鮮内で撮影された写真なども

「非常に危険な人物」“伝説の工作員”が日本のスパイ事件に関与 北朝鮮スパイにとって「日本は安全」なワケ《韓国人ジャーナリストが解説》 | 文春オンライン
https://bunshun.jp/articles/-/51168
劇中でイ・ソンミンが演じたリ所長(北朝鮮工作員リ・ホナム)は実在する危険人物で、日本も活動拠点となっていた

苦難の行軍 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A6%E9%9B%A3%E3%81%AE%E8%A1%8C%E8%BB%8D
当時の北朝鮮の貧困状況について



■ 韓国の近代史とそれを描いた映画(2024/09/03更新)

1945
 ・第二次大戦の終結(日本統治の終了)
 ・朝鮮半島は北緯38度線で南北に分割
 ・以降、1948年まで連合軍による軍政統治

1948-1960 李承晩政権(軍政)
 ・初代大統領、李承晩により大韓民国が樹立
 ・以降、1987年まで軍政統治の下、苛烈なアカ狩りや、
   民主化活動鎮圧が続く
 ・1948 済州島4.3事件(軍や警察による島民虐殺)
  →●「チスル」
 ・1950-1953 朝鮮戦争
  →●「高地戦」など
 ・1960 四月革命(不正選挙に対する民衆デモ)により
     李承晩大統領が辞任

1961-1979 朴正煕政権(軍政)
 ・5.16軍事クーデターにより、朴正煕が政権を奪取
 ・1973 金大中暗殺未遂事件
  →●「KT」
 ・1979 朴正煕大統領が側近により暗殺
  →●「KCIA 南山の部長たち」など

1980-1987 全斗煥政権(軍政)
 ・粛軍クーデターにより、全斗煥が政権を奪取、軍政を敷く
  →●「ソウルの春」
 ・1980 光州事件(民主化デモの弾圧により多くの死者)
  →●「タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜」、
              「光州5・18」など
 ・1981 釜林事件(学生22名の拘束、自白強要事件)
  →●「弁護人」(のちの盧武鉉大統領がモデル)
 ・1983 ラングーン事件(大統領暗殺未遂)
  →●「ハント/HUNT」
 ・1987 6月抗争(民主化を求める全国デモ)
  →●「1987、ある闘いの真実」
 ・1987 六・二九民主化宣言、全斗煥大統領辞任

1988-1993 盧泰愚政権(事実上の軍政継続)
 ・1988 ソウル五輪
 ・1991 国連加盟
  →●「モガディシュ 脱出までの14日間」

1993-1998 金泳三政権(文民政府)
 ・初の民間出身大統領、金泳三が政権樹立
 ・1997 アジア通貨危機による韓国経済危機
  →●「国家が破産する日」
 ・1997-1998 北風工作(北朝鮮を使った選挙操作の謀略)
  →●「工作 黒金星と呼ばれた男」

1998-2003 金大中政権
 ・金大中政権樹立
  →●「キングメーカー 大統領を作った男」
 ・2002 日韓サッカーW杯中の北朝鮮との銃撃戦
  →●「ノーザン・リミット・ライン 南北海戦」

2003-2008 盧武鉉政権
 ・弁護士出身の盧武鉉が大統領に
  →●「弁護人」
fujisan

fujisan