しゅんまつもと

ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋のしゅんまつもとのレビュー・感想・評価

4.8
エンドロールの流れる劇場で「最高すぎる…」思わず口にしてしまうくらいには打ちのめされた。
帰り道に余韻に浸りながら、ちらちらここで感想を見ていたのだけどあまりに軽視されすぎじゃないですか???軽いタッチではあるけどむちゃくちゃすごい映画よ???とちょっと無気になってしまったので自分が唸った映画的な魅力をかいつまんで。

・アップからの引きのカメラワーク
"It Must Have Been Love"にあわせて二人が周囲の目を忍んでダンスを踊るシーン。手を取る二人をアップで映すカメラは後退しながら、部屋を隔てる壁を超えてダンスホールの全体を捉える。またはジェット機に乗るシーンにて二人の秘密である深呼吸をするフレッドを見て微笑むシャーロットを捉えたカメラは機内から後退しながら、大空を飛ぶジェット機全体を捉えるのだ。
この映画は二人の恋愛(ラブストーリー)を描きながら、同時に階級の異なる二人がどのように関係を築いていくのか、というもっと広い視野の物語でもあるのだ。言いたいこと(主題)とやっていること(手法)ことの一致。見事。

・ゲームオブスローンズと冷蔵庫の扉
とある展開により今までの関係の終わりを余儀なくされる二人。離れた二人がカットバックで繋がれる。そのなかでシャーロットが何をしていたかというとTVドラマ「ゲームオブスローンズ」を一人観ているのだ。
冒頭の会話で「趣味は何かないのか?ゲームオブスローンズ見るとか?」「あらすじは全部読んだわ」「それじゃ意味ないだろ」というニュアンスの会話があったことを思い出してほしい。
あらすじだけを文面で眺めて見た気になっていたシャーロットは計8シーズンもあるドラマを見ているし、最初はどこまでが曲名なのかもわからなかったDRAMの"Broccoli feat. Lil Yachty"をきっかけにLil Yachtyのファンにもなっている。
他者の話に耳を傾け、他者の領域に足を踏み入れる。これこそいわゆる"住む世界"の違う二人を結びつけた理由に他ならない。そういう希望がこの映画にはある。宗教観も肌の色も政治思想だってみんな違うけど、とはいえわかり合える部分だってきっとあるでしょ?とこの映画は問いかける。

フレッドは意を決してシャーロットに電話をかける。留守電のフリをしながらフレッドの思いの丈を密かに聞くシャーロット。このときシャーロットは暗いキッチンで冷蔵庫を開けているんですね。真っ暗な部屋の中で冷蔵庫の中の灯りだけが光っている。
どうしようもなく暗く絶望的な世界でも、自分を支えてくれる存在はきっとすぐ近くにいて、それに気付いて自分の手で扉を開けさえすればその光に辿り着けるという演出に思えた。
実はこれ、まったく同じ演出を「逃げるは恥だが役に立つ」でやっていて見ながら思い出してもうウルウルきて仕方なかった。


10年代が終わって、2020年が始まったってのに早々にキナ臭い方向に世界が向かっていて本当に嫌になる。この映画の世界は理想かもしれない。見ながらこんな世界だったらいいのにと思うのは現実逃避?そんなこと言わないでよ。この映画はちゃんとクソな現実を生きてくだけの力をくれてる。超くだらないけど最高なドラッグガンギめシーンとかでめちゃちゃ笑いながら元気出して、映画館でて歩きながら、明日からはこういう風に生きてみようかなって考えながらまたなんとかやっていける。あー最高。誰かが引いた見えない線なんて飛び越えてやるっての。それでもつまらんことで差別したり、クソおもしろくもないことで足を引っ張ってくるやつなんてもう知らない。ファック!!!!