亡くなった男を支点に、愛人(ドイツ人男性)と妻(イスラエル人)とその家族の繊細な関係が描かれる。
ナチス時代への言及がないのが珍しく、イスラエルの異邦人として、ドイツ人が描かれるのが面白い。
ただ、イスラエル人の義兄が漏らす「よりによってベルリンから…」というセリフは、オーレンの馴染みの国だからなのか、トーマスがドイツ人だからなのか、どちらだったのだろうか。
トーマスの、オーレンへの愛が振り切れて、彼自身に同化していくひたむきさがちょっと怖い。家族の領分を無自覚に少しずつ侵食していく様と、そしてみんなが勘付きつつあることが、作品全体から感じるほのかな緊張と陰湿さの源泉になっている。
ただ、無心に生地をこねて、クッキーやケーキを焼き上げるトーマスの真っ直ぐな瞳に、浄化されてしまうのよね。
トーマスもアネトも、惹かれ合うのではなく、相手の中にオーレンを見出そうとしていたに過ぎないのが切ない。
それでも、最後のアネトはトーマス自身を見つめようとしたのでは、と私は思う。