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グッバイ、リチャード!のnetfilmsのレビュー・感想・評価

グッバイ、リチャード!(2018年製作の映画)
3.6
 医者からもしも末期の肺がんを宣告されたら自分ならどうするだろうか?ガンは既にリンパ節に転移し、手術の出来ない状態で、気付いた時にはもう既に今生の時間はほとんど残されていない。しかも困ったことに医者に言われた瞬間から身体は悲鳴を上げ始め、ただ歩くのもままならなくなる。そんな大事な事実を伝える時に限って、最愛の家族は彼の言葉を遮り、自分勝手なカミング・アウトをするのだから堪ったものではない。娘がレズビアンで、妻が心底嫌いな学長と浮気していると伝えられても、今自分が置かれている状況を考えたら何てことない事実にも思えてくるから不思議だ。大学で英文学を教えるリチャード・ブラウン教授(ジョニー・デップ)は、その苦しみを誰にも伝えることが出来ず、ある種の思いを発散することが出来ない。末期がん宣告から数日はとにかく引き篭もりたい心境だろうが家には居場所などなく、職場の大学に行くしかない。たった今から先の時間の1分1秒が何よりも大切だから、苦手な奴とは会話もしたくない。散々悪態をついて生徒を間引くことには成功したものの、生粋の文学青年たちが教授を羨望の眼差しで見つめるのだ。

 そもそもリチャード・ブラウンという男は、これまでの人生において誰かのリアクションや助言などを求めたことがあったのか?心底いけ好かない学長の言葉にビクビク怯えることはなく、生徒たちの言葉にも耳を貸さず、皮肉で返す。家族の態度は夫にとって日頃の通信簿のようなもので、既に夫婦関係は修復出来ないほどに冷え切り、ほとんど会話もない。こんな偏屈な文学教授が末期がんを宣告され、余生をどのように有意義に使うのか興味深く見ていたのだが、生徒とマリファナでチルするばかりか、男性の生徒に生まれて初めて口で処理してもらったり、居酒屋のウェイターと速攻でトイレでSEXする有様で、笑うに笑えない。それこそ文学の大家として一時代を築いた男ならば、最期に未完の物語や論文を書き上げたり、世界中の美しい場所を見て回るなど他にやるべきことがあるだろう。ましてや文学者ならば、妻に手紙の一つでも書いてやり、これまでの人生の感謝の言葉でも述べてやるべきではないかと思うのだ。家族に対して求心力を失った男の言葉は、ゼミの学生には響いたとて、観客にはあまり響かない。道なき道を切り拓いて来た男の道程は最期まで無謀な運転を繰り返す。死を悟られることを拒否する猫のように、自分が消え去る場所を模索する異端で繊細で神経質な男の病巣を、ジョニー・デップは投げやりな態度で、見事に演じ切っている。
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