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サタデー・フィクションのnetfilmsのレビュー・感想・評価

サタデー・フィクション(2019年製作の映画)
4.0
 日本軍の占領を免れた上海の英仏租界は、当時「孤島」と呼ばれる奇跡の空間を作り上げていた。それは治外法権を破る程の特殊な磁場であった。当時は魔都と呼ばれた上海では、日中欧の諜報部員が暗躍し、まるでスパイ映画さながらの攻防戦が行われていたことは想像に難くない。機密情報の行き交う緊迫したスパイ合戦ならぬ情報戦は、互いにリスクを冒すことでしか情報を捕まえられない。日本が真珠湾攻撃を決行する7日前の1941年12月1日。魔都・上海に、人気女優ユー・ジン(コン・リー)が現れる。新作舞台『サタデー・フィクション』に主演するためという映画内に現実と虚構の間のメタ・フィクションが立ち上がる。日本から海軍少佐の古谷三郎(オダギリジョー)が暗号更新のため、海軍特務機関所属の梶原(中島歩)と共に上海にやってくる。ヒューバート(パスカル・グレゴリー)は「古谷の日本で亡くなった妻は君にそっくりだ」とユー・ジンに告げる。亡くなった妻の面影を遺したユー・ジンの姿が物語の核で、彼女自身も満更でもない素振りを見せる。
  
 然しながらそれは、古谷から太平洋戦争開戦の奇襲情報を得るため、フランス諜報部員が仕掛けたマジックミラー作戦の幕開けに過ぎない。だが同時に、幼い頃、フランスの諜報部員ヒューバートによって孤児院から救出された過去を持つこの大女優は、諜報部員として訓練を受け、銃器の扱いに長けた「女スパイ」という裏の顔も持つ。そして2日後の12月3日。ユー・ジンは奇襲的作戦に打って出るのだ。2019年ということで、『シャドウ・プレイ』とどちらが先で後かはわからない。むしろ同時に進行していただろう物語はノワール映画の例に倣い、モノクロームの映像でワンシーン長回しでダイナミックにえぐり出す。再び上海に戻ったロウ・イエのカメラはモノクロームの中で艶めかしい動きを放つ。あの豪雨の中のアジアン・ノワール的なスパイ映画に私は石井隆の影響を考えずにはいられない。けたたましい雨音が掻き消した銃声とメタ的な演劇、そして流転するファム・ファタール。カメラの動きはロウ・イエらしい烈しいタッチで登場人物たちを切り裂くように撮影される。一風変わったノワール・サスペンス調の堂々たるスパイ映画である。
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