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ウトヤ島、7月22日のはるのレビュー・感想・評価

ウトヤ島、7月22日(2018年製作の映画)
3.5
【あらすじ】
政治家志望の少女・カヤは、ウトヤ島で開催されたノルウェー労働党青年部のサマーキャンプに参加していた。
突如銃声が響きわたり、小さな島は悲鳴と混乱に包まれる。状況がわからないまま、次々と凶弾に倒れていく若者たち。カヤは姿の見えない犯人に怯えながらも、はぐれてしまった妹・エミリエを懸命に探す。


【感想】
・2011年7月22日に発生した、ノルウェー連続テロ事件を題材にした映画。

犯人はアンネシュ・ブレイビクという極右思想の男で、反イスラーム&反移民を唱えていた。作中で「犯人は警官だ」という台詞があるが、実際にブレイビクは警官の服装をし、偽の身分証まで身につけて犯行に及んだ。

犯行動機は、当時与党であったノルウェー労働党の移民政策(移民の積極的な受け入れ)への不満であったという。逮捕後、ブレイビクは「労働党によってこの国は駄目にされた。多文化主義やイスラム系移民などからノルウェーを救うために(テロが)必要だった」と主張している。

2023年現在、世界的に景気は悪化し、大規模な災害や国際紛争が起きている。移民問題で保守とリベラルが争っているのは、ノルウェーばかりではない。この混沌とした世では、第二、第三のブレイビクが出現してもおかしくない。鑑賞しながら、底冷えのする思いにとらわれた。

・全編ワンカットの長回しで、不安定に揺れる画面から異様な緊迫感が伝わってくる。カヤたちの恐怖に同調し、観ている側も呼吸を忘れてしまう。中盤のテントのシーンは胃がきりきりした。
冒頭からエンディングに至るまで、BGMがいっさい使用されていないのも印象的。

・カヤたちは数人で身を隠しながら警察に電話するが、はじめは呼び出し音がするのみで誰も出ない。実はこのとき、ブレイビクによる庁舎群の爆破によってオスロ市内は混迷を極めていたのだが、島にいる彼らには知るよしもない。

・カヤとともに隠れていた青年のうち一人は、銃撃を受けて仲間が倒れているにもかかわらず、「これはパニックの対処法を学ぶ訓練かも」とかたくなに主張する(警察への通報の際も、「ウトヤ島で訓練の予定がないか調べてくれ」と頼むなど、あくまでも自説に固執している)。
人間は、急に日常から非日常に放り込まれると、スムーズな受け入れができず、なんとか整合性(※あくまで、自分の中での整合性)のある説明をつけようとする本能があるらしい。非常にリアリティーのあるシーン。

・テロはブレイビクの単独犯だが、事件当時、島では「犯人は複数である」などの情報が飛び交っていたらしい。不正確かつ断片的な情報のもらたすパニックがリアル。

・人間は、持続的な強いストレスに長時間は耐えられない。カヤの、傍目には不可解な行動も、おそらく極度の緊張からの逃避のためだろう(さすがに、隠れている最中に歌いだすのは危険すぎると思うが)。

・事件の性質上、画面や演出をセンセーショナルにしようと思えばいくらでもできたはずだ。が、そうはなっていない。カメラはあくまで淡々と、逃げまどうカヤたちを追っている。その点に制作側の犠牲者への敬意を感じる。
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