チッコーネ

人間の時間のチッコーネのレビュー・感想・評価

人間の時間(2018年製作の映画)
3.5
人間や社会の暗部を炙り出さねば気の済まぬヘタウマギドク作品の王道で、そのためにわざわざ「宙に浮く客船」という設定が用意されている。
食欲、性欲、そして権力欲の誇張が連続、特に前半はトリアーの『ドッグヴィル』のよう。
韓国映画界全体を見渡すと浮き上がる作風なものの、アート作品と呼ぶほど難解でなく、構想は雄大、脚本は単純。
舞台美術から「少し手の込んだ人力」が感じられる程度だった。

チャン・グンソクはまさかの出演で「劣情や飢餓に流される等身大の男性像」を熱演。
アジア指折りの、しかも男性アイドルにかような演出を充てているところが新しいと言えば新しい…、逆に私は彼のヒットドラマを全く観ておらず、本作で初めて演技しているところを観たのだが…「こんなにムチムチした体型だっけ」という印象。
軟禁状態という設定なので、薄汚れ次第に髭も伸びてくる、それでも褪せぬベビーフェイスの魅力が却ってエロく、彼の出演場面は無二の救いとして機能した。
『悲夢』と同じく、韓国語と日本語が混在して会話が成立するという無茶苦茶な設定、発音は良くないが「日本語がある程度話せる」という彼の能力は、キャスティングの一因かもしれぬ。
本作出演後、兵役に就いた彼の新出演映画は未だにないが、どのような次作を選ぶのかは、興味深い。
ちなみに過去のギドク作品へはチャン・ドンゴン、マ・ドンソク、ハ・ジョンウらのビッグネームが参加しており、いずれも異様な役柄に取り組んでいる。
それも監督の作風と海外からの高評価、そして自身のキャリアとの対比を意識してのものだろう…、本作には御大、アン・ソンギまでが引っ張り出されていた。
またヒロインを演じるのは邦女優・藤井美菜。
前半のわざとらしい邦画流ワーギャー演技から、徐々に本能的な立ち姿が引き出されていくさまを観るのは小気味よい、これは監督流の強引な演出が功を奏した好例と言えそうだ。
また「累々と積み重なる死体、その傷口に植物の種を撒く」という異様な表現に対応したエキストラたちのクローズアップにも、凄みあり。

韓国では本作完成のタイミングで「PD手帳」スキャンダルが勃発、公開は見送られ、ここ日本でもソフト化はされていない…、ここ数年は配信タイトルからも消えていたので「もう観れないか」とあきらめていたが、再配信が始まったようだ。
そうした背景を鑑みると本作は「暴走する監督自身の欲望」を意識せざるを得ない内容と、なっている。
果たして客観的な内省なのか、良心の悲鳴なのか。