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バーニング 劇場版のmのレビュー・感想・評価

バーニング 劇場版(2018年製作の映画)
4.9
お久しぶりのイ・チャンドン監督作品という事で、気合を入れて劇場へ滑り込み。
一見曖昧な輪郭をしているようで、よくよく見れば明確にテーマや物語や『ビニールハウスを燃やす』事の意味が浮かび上がってくる、語らずして語るといった感じで『読む』愉しさのある作品だった。


貧しく何も持たないが何かをしたいと漠然と漂う青年と、彼とは真反対の『ギャツビー』な謎めいた男、そして貧しさと孤独に追い詰められる女性。貧富の格差が物語に加わる事で、映画は村上春樹的な冷めて俯瞰した視点ではなく、地べたを這いつくばる現代的で人間臭い視点を得た。

ジョンスもヘミもお互い『グレート・ハンガー』同士なのだけど、ジョンスはヘミの事を『愛している』と言いつつ彼女の事を見ていないし(あの童貞ぽさ溢れるセックスに『踊り』の後の言葉!)、その事がまたヘミの孤独と飢えを深めていく。
ヘミに対するブルジョワ達や家族の冷たい反応を描く一方で、ジョンスもまたヘミに対しては極めて一方的な扱いだという事、そして彼女がその事に気付いている事をさり気なくもしっかりと描く事で、彼女の中の哀しみが色濃く現れている。
あの恐ろしい程に美しいマジックアワーでの『踊り』の長回しにはどこか女性の裸体への男性的な信仰みたいなものも感じられたりもするが、あのショットの最後で彼女が見せる表情でこの映画は彼女の事を男性的な価値観における『女』という『見る対象』ではなく、ちゃんと人格のある1人の人間として描こうとしている事がよく分かる(それにしてもあの一連のシークエンスのマジックアワーの美しさは唖然とする程だった)。
日本の監督がこの映画を撮っていたら、確実にヘミはもっと男と映画に都合の良い道具にされていたと思う。


メイン3人を演じる俳優陣が三者三様に素晴らしかった。

終始口をぽかんと開けた腑抜け顔のユ・アインは持たざる青年のもがきと憤り、そして鈍さを役者と思えないような生々しさで体現する。新人を発掘してきたと思ったら「ベテラン」の人だったとは、凄い役者だと思う。
ここまで自然体に嫌味なく『ミステリアス』を体現する人はそうそういないだろうと思わせるスティーブン・ユァンは、『ビニールハウスを燃やす』男の傲慢さも虚しい空洞もこれまた見事に体現している。
これがデビューという新人のチョン・ジョンソは目が離せなくなるような強い魅力と同時に脆さがあって、忘れ難い存在だった。韓国映画界にまた1人良い女優が現れた。



イ・チャンドン作品としては「オアシス」や「ポエトリー」の方が衝撃を受けたけど、この映画にはまた違う豊かさがあって、素晴らしかった。
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