イルーナ

幸福なラザロのイルーナのネタバレレビュー・内容・結末

幸福なラザロ(2018年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

イタリアで実際にあった大規模詐欺事件に題材をとった、現代のおとぎ話。

傑作だった。今まで観てきた映画とは異なりすぎる余韻で、何て表現していいのかわからない。
とにかくラザロのあのまなざし、佇まいに釘付けになってしまう。澄んだ瞳にまっすぐな視線、微笑みとも憂いともつかない表情……
まるで、心の奥底まで見透かされているかのよう。

彼はただ、人として当たり前のことをしているだけで、自分のことを善人とすら思ってもいない。
故に、周りからいいように使われ、侯爵一族の下に村人たち、村人たちの下にラザロと、一番下のヒエラルキーとして扱われている。
それでも、彼は何も主張することもなく、ただ黙々と働き、他者を信じ続ける。さらに村人たちを搾取し続けていた侯爵一族にすら寄り添おうとする。
英雄的に派手な活躍をしたりするわけでもなく、何も望まない。一応奇跡らしいことが起きてはいるけど、あくまでささやかなもの。基本的に物語を動かすのは周囲の人間。
真の聖人は目立つことなく、善悪の括りさえも超越して他者のために尽くそうとする。

しかし、一族から搾取されてた村人が街に降りても、社会から救いの手も差し伸べられず、盗みやら詐欺やらで、底辺を這いつくばって生きてる描写が衝撃的。
スナック菓子さえ買うのもやっとのレベル……
一見自由になれたようだけど、搾取の形は目に見えない形となり、むしろ悪化している。

「人間は獣と同じ。自由にすれば過酷な現実が待ってるのを知ることになるだけ。結局は苦しむのよ」
「私は小作人を、小作人は彼(ラザロ)を搾取する。それが世の中の仕組みよ」

侯爵夫人の言葉ですが、やってきたことは現代では許されないものとはいえ、実際にそうなってしまったわけですね……
それでも悲壮感をあまり感じさせず、どこか温かみがあったり。リアルと幻想のさじ加減が素晴らしい。
村人はもちろん、一族サイドも何だか憎めないんだよなぁ。タンクレディなんか最たるものだし。
イタリアのヒューマンドラマは、いつも人間を見るまなざしに愛情やぬくもりを感じます。

そして、物語の要所要所に登場する狼。特に最後の狼は、解釈に悩んだ人が多そうです。
私も狼の象徴についてちょっと調べていたところ、色々な意味合いがあるそうで……
キリスト教では悪の象徴で、本作の中盤でも語られるように、手なずけることができたのは聖人のみとされています。
その一方で、「魂の導き手」とされるなど、死と再生のシンボルでもある。
つまり、本作のテーマそのものを象徴する存在と言えます。
ラザロは最後、あの狼に導かれて帰っていったのでしょうか……?

追記:後の作品ですが、『ウルフウォーカー』を観た後だと、また違った解釈ができそうですね……
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