螢

モンパルナスの灯の螢のレビュー・感想・評価

モンパルナスの灯(1958年製作の映画)
3.7
画家モジリアニの後半生を描いた作品。
わずか35歳で世を去った不遇の画家の悲哀に胸が痛むのはもちろんのこと。むしろ、それ以上に、芸術の曖昧さ、価値の作為性、商業性などをまざまざと突きつけられ、しばらく考え込んでしまった作品でした。

モジリアニの絵は、好き嫌いは別として、一度見たら忘れられないし、他のどの作品を初めて見ても、彼の作品だな、とほぼ確実にわかる。
暗い色調。異様に長い顔と首。ほとんど描きこまれない虚ろな目で、鑑賞者の不安を呼び起こすような、はたまた心を見透かそうとするような、あの独特な作風。

しかし、モジリアニが彼の才能を信じる人々の手を借りて個展を開いても、恥を忍んでカフェを練り歩いて手売りをしても、絵はほとんど売れず、妻を持つ身で貧困にあえぐしかない。
とどめに、10代の頃から結核を患っていて病弱だというのに、酒浸りの日々を送っている。

そんなモジリアニの様子を、当人には気づかれないように密かに探りつづけている画商モレル。
モレルの先見性と審美眼は確かで、彼もモジリアニの才能にはとっくに気がついている。
でも、その絵を買おうとはしない。

彼は待っている。
モジリアニが死んで、作品に「夭折の天才画家」、「不遇の天才画家」としての悲劇的かつ印象的なストーリーとそれに伴う付加価値が付くのを。あるいは「新作はもう生まれない」という希少価値がつくのを。
商売なので、来たるべき時が日が訪れた時には、高く売り払いたい。しかし、仕入れはできるだけ安く抑えたい。
だから…。

芸術は、画家の思いとか、そこに作品が存在するとかだけでは不十分で、他者からの評価があり、その評価が広く世間に浸透してこそ「芸術」として認められるようになるという面が確かにある。
そして、その「評価」はただ技巧に対してだけ向けられるわけではなく、話題性、希少性、時代背景など、様々なものが添加されている。
そうして生まれた「総合評価」は、売買取引という商業活動のもと、金額として表される…。

芸術と価値と金のある種残酷な真理の表出に一役買った、まるで死神のような画商モレルを憎たらしくも不気味に演じ切ったリノ・ヴァンチュラの存在感、すごいです。
(ちなみにモレルは映画のために作った架空の人物だそうです)

もちろん、モジリアニを演じたジェラール・フィリップの悲壮感漂う美しさも、その妻ジャンヌを演じたアヌーク・エメの鮮烈な美しさも印象的でした。

何より、極めつけの残酷なラスト。
全てを知っている冷酷なモレルと、何も知らず喜びと献身の笑顔をこぼすジャンヌの対比がもう…。

芸術鑑賞好きとしては、なかなかにつらい作品なのですが、でも、不遇な画家の悲哀だけでなく、芸術における課題や真理にも切り込んだ、とてもよく出来た作品だと思いました。
螢