Millet

この世界の(さらにいくつもの)片隅にのMilletのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

語り尽くせないくらい丁寧に作られた作品だから、見るたびに追記していく。
あと、星が5までしか選べないのに納得がいかないくらい最高評価できる作品。

岡田斗司夫が「最後まで泣くな、泣いちゃダメだと思う」とコメントしていたが、すごく納得した。
晴美さんと右手を失うあたりは特にわかりやすく泣けてしまうし、径子さんの「人殺し」の言葉はすずさんを見守ってきた私たちには痛すぎる言葉だった、終戦直後に家の陰で「晴美」と泣く径子さんにまた胸が締め付けられる。
こんなに辛い思いをして晴美も犠牲になったのに、日本は負けた。玉音放送が流れた時は「終わった終わった」なんて強がっていても、心の中では悔しいし惜しいという気持ちでいっぱいだったのだ。そんな泣けるシーンの連続でも、そこで泣いてしまえば人は感性を手放してしまうから、泣こう泣こうとすると細かいところに目をやれなくなるから泣くな、ということ。
確かにその通りなので、本当に初見なら耐えてそのまま見るべきだなと思った。

私はDVDで見たけれど、後半はもうエンディングが流れているところも見よう知ろうと画面にかぶりついて見ていて、全部終わってメニュー画面に戻った時にもう、どういう気持ちを言えばいいのか何が悲しいのかもわからずに声を上げて大号泣した。
唖然とした、切なかった、苦しかった、逃げ出したいような、生き抜かなければいけないような。とにかく当時の自分と重なりすぎて耐えられないくらい苦しいのに、これからも耐えて生きていかなきゃいけないと強く思った。

戦争孤児だったヨーコが死んだ母親のそばを離れず、たかるハエから守ろうとしていたが、ついにウジもわいて来た頃に諦め、すずさんと周作さんの娘になるところでやっと戦争映画らしいことをやった感じ。
ずっと戦争の中で耐え忍び生きるというのはやっていたんだけど、それだけではない。
嫁に行き孤独なまま家のために働き、やっと心許せたかというタイミングで“代用品”のことについて考えさせられてという、あの時代の女の生がメインテーマなので“戦争はこの映画の背景”でしかない、が、私の率直な意見。
それを抜きに考えてもやっぱりこの映画を見て「戦争はいけないよね」とかそんなありきたりな感想を生むような作品ではないとは思うけれど。

エンディングの紅で描いたリンさんの生い立ちとすずとの出会いのシーン、2人が手を取り合ってほんのり温かい色に染まっていく描写。あれすごいですよ!
昔の口紅ってべに花から抽出された赤色の部分で出来ていて、濡らした筆で唇に点すとほんのり玉虫色が混ざった赤色が浮かぶように出来ている。
その紅を水で濡らす瞬間だけべに花の色の成分が黄色く滲む。リンさんとすずさんの繋いだ手が染めたあの色は昔の人の紅の滲む色だ。本当に芸が細かい。

それから『のん』の声優としての演技。本当に素晴らしかった。
宮崎駿が「声優の演技はわざとらしい」という理由でタレントや俳優を声優として起用してきて、ことごとく微妙だったのに対してのんの演技はアニメ映画界への一発逆転ホームランだった。
むしろ声優としてかなり有名な『小野大輔』が水原さんの声を担当していたが、それがちょっと浮いてると感じるくらいだった。これが宮崎駿の言いたかった、声優のわざとらしい演技ってやつなのか、と。まさかそれをジブリ作品の外で感じる日が来るとは…である。
これはジブリも悔しいだろうなぁ。

片渕監督と原作者のこうの史代さんのインタビューで、2人が登場人物の持ってる着物の数の話や、家の間取りを想像しあいながらどのキャラクターが、物語のどの時期にどこで寝て、お茶碗の柄はそれぞれどんなのかなんて、多分サラッと見ただけではついていけないような話を延々しあってるのもすごく愛が深くて良かった。
物語を作る側からすると、こんなに愛を感じることはないのである。
原作者の手を離れた途端全く違う作品になってしまうことなんてこの世界では当たり前だから、唯一無二の作品だった。
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