Kuuta

37セカンズのKuutaのレビュー・感想・評価

37セカンズ(2019年製作の映画)
3.7
松崎健夫氏絶賛の新人監督。三幕構成に多層的な画面作りに、オーソドックスにきちんとした映画、というのが一番の印象。今後どんな風に進化していくのだろうか。

導入の巧さに舌を巻く。駅の職員の補助を借りて電車を降りる車椅子のユマ(佳山明)。特にトラブルなく改札に辿り着く。これはいわば「我々の日常」。「昔と違って日本は障害者にも平等だね〜」という目線。

ところが彼女が母親と合流すると、不自然な電柱が画面を分断しており、不穏な空気が流れる。自宅の玄関では階段が画面半分を占領している。ユマには近寄れない二階で、何がこの家の「半分」を塞いでいるのか。台詞ではなく画面上の引っ掛かりを作っておく。こういうのを映画的伏線と言うんだと思う。

ユマは我々の日常=駅では問題なく行動しているように見えたが、実際には画面内の様々な「柱」やガラス、扉に行く手を阻まれていると分かる。殊更にフィジカルな段差を強調せず、むしろ画面構成によって彼女の精神的な制約感(見られている、怪訝な顔をされる…)を表現している。

壁の見せ方に抑制が効いているため、良くも悪くも「無理解な社会vs障害者」のような大きな物語に引っ張られず、1人の女性の成長譚にまとまっているのがこの映画の特徴でもある。

(逆に言えば、もう少し社会からの目線が脚本と噛み合っていれば、監督も影響されたというイ・チャンドンのオアシスに近付けたのではないか)

彼女は浴槽という子宮に閉じ込められ、母の作る人形のように大切に守られていた。だが、自分の夢のために殻を破って行動を始める。「生まれ変わる」浴槽のシーンがとても良かった。彼女は何度も窓やカーテン、ドアを開ける。それに反応できる人と、インターホンに気付けない人。

ユマが自分を見つめ直す過程で、周囲もまた変わっていく。終盤のある場面、2本の「柱」の中に閉じ込められたユマとある人物がカメラの切り替えによって解放される。上手い。

微細な感情を見せるアップや長回しの使い方も的確だ。車椅子から見える世界を低いカメラで見せる演出や、抱き合う時に車椅子を少し引いたり、コップを近づけたりといった、画面内の小さな仕草もよく考えられている。

技術的に優れた画面に生々しさを加えているのは、言うまでもなく佳山明を始めとする役者の演技である。個人的に特に良かったのは母親(神野三鈴)のラストの涙。偏見にがんじがらめになり、押さえつけてきた思いがふっと溢れたように見えた。

一方的に支える側から、支え合う関係へ。
37秒の違い、車椅子の人も健常者も宇宙人から見たら全部同じだと、ミニチュア風の空撮で納得させてしまう。「交番が顔に見える」の下りはちょっと凡庸にも感じた。

基本良かったが、観ながらずっと頭の中でモヤっていたのが、障害者の性欲の部分。今作はユマが「成人女性として性欲がある」と語るのを避け、「夢を掴む手段としてセックスを望んでいる」とワンクッション挟む設定にしている。

そうする必然が分からなかったというか、それって彼女に対して誠実な描き方なのだろうか。何かしら回収してくれるかなーと最後まで期待していたが…。

(監督インタビューによると佳山さんのキャスティングが決まる前は、下半身不随でもオーガズムを得られる、という性に始まり性に終わるラブストーリーにする予定だったそう。前半の性描写はその名残なのかも)

海外の人が喜びそうな日本のアイコンも羅列されている。ポルノ雑誌、漫画、コスプレ、アニメ、歌舞伎町…。東京タワーはちょっと不自然だったよなぁ。

序盤に連発される日本的ルッキズムへの批判にはややうんざりした。ホストもユーチューバーも、彼らの見た目を生かして生きてるんだしそんな描き方しなくても…と思った。あの友人は子供を騙して金儲けしているというなかなか酷い設定だったが、昔はユマと仲が良かったようだ。何が彼女を変えたのか、もう少しフォローが欲しかった。

今作は日本以外ではNetflixで配信されるそう。映画館に物理的に行けない人も等しく楽しめるという、ストリーミングの強みについても考えさせられた。映画はスクリーンで観るのが一番って考えも、人によっては障害になるんだなぁと。76点。
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