りっく

グリーンブックのりっくのレビュー・感想・評価

グリーンブック(2018年製作の映画)
4.4
人種問題の描き方についてクローズアップされている本作だが、物語の本筋は立場も性格も正反対の男のバディものであり、行って帰ってくる過程で様々な体験をし、元の場所がまた違ったように見えてくるロードムービーである。数え切れないほど作られてきた王道アメリカ映画の本流を、本作も深刻になりすぎずユーモアとウィットとハートウォーミングで軽快に走り抜ける。その的確なハンドル捌きに狂いはない。

本作の最大の功労者は何と言ってもマハーシャラアリとヴィゴモーテンセンだろう。アリの生まれ持った慎ましさと身のこなしのスマートさ。肥大化したモーテンセンの荒々しいチャーミングさ。エピソードの積み重ねにより、ふたりの距離が付かず離れず絶妙に動いていく様を見事に演じてみせる。その心情的変化のプロセスは、演技の引き出しや人間的な器が大きな俳優でなければ説得力は生み出せない。

ピーターファレリーの演出も丁寧かつ軽快で、特に手紙や銃、翡翠石やフライドチキンといった小道具による伏線を回収していくことで、ふたりの関係性の変化を効果的に浮き上がらせる。強いて言うなら、凝り固まっていたふたりの心の距離を一気に縮めたケンタッキーフライドチキンを差し入れに、モーテンセンの差別意識の象徴である一度捨てたコップで祝杯を上げる姿で物語を締めくくればなお伏線回収としてこの上なかったかもしれない。

また人種問題も主題であるものの、芸術論がもうひとつのテーマだろう。ストイックにクラシック音楽を勉強してきた黒人ピアニストは、それ故に黒人コミュニティからはぐれものとなり孤独を常に身にまとう。上流階級への演奏の時だけチヤホヤされるものの、そこで彼に求められる役割はエンターテイメントとしての大衆音楽だ。

そこで彼は葛藤するものの、それは妥協でも服従でもない。モーテンセン含め人種を超えて大衆の心と体を思わず揺り動かしてしまう音楽の力。それは映画も同様だろう。身体障害やタブーを描きつつも、それをエンターテイメントとして仕上げるファレリーの映画作家としての矜持が垣間見える。
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