Kuuta

ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密のKuutaのレビュー・感想・評価

4.0
今の映画業界で、完全オリジナル脚本のミステリー映画を撮ってくれるだけでも評価せずには居られない。内容もとても良く練られている。面白かった。

古典的ミステリーの形式に楽しく乗っかりながらも、脚本のベースに流れるのは「ハミルトン」のメッセージ。国を作り上げたプライドと共に自壊する、アメリカ社会への風刺が詰まった現代劇に仕上がっている。批評性とエンタメ性の塩梅が絶妙で、批評家ウケが良いのも納得。

(「財産を盗んでいる」という言い回しは移民排斥派の決まり文句。低賃金労働を外国人に任せておいて、後になって「家族が乗っ取られた」と文句を言う)

小技が効きまくっている。
刃と刃が威嚇し合って緊張を保つ「ネトウヨ」と「パヨク」による囲碁のような陣地合戦。パラサイト的な階段の上下関係と、それを打ち破る「不法侵入者」。本物と偽物を区別できない空っぽの人形が、ググった言葉で罵り、価値の転倒を繰り返す。野球ボールは誰の手に?

一点に刃の矛先が集約される、社会の「部外者」と見なされた瞬間のスリリングさ。ベタな謎解きミステリーから始まった映画の視点は何度も動き、観客の気持ちを揺さぶってくる。「お決まりの物語構造からの逸脱」を描く脚本は、ルーパーや最後のジェダイとも共通する。

ゲームに勝つのは「私のルール」に従えるようになった者だけ。ではラストカットで、アメリカは泥沼の闘争を断ち切れるのか?思わず次の台詞を待ってしまう、秀逸な切り方だった。全く別ジャンルの映画だが、「アメリカンヒストリーX」のラストを思い出した。

冒頭のキャラ紹介もスマート。本人の語りと微妙にズレた回想映像で説明を済ませつつ、語り手の信用できなさを積み重ねていく。マルタ(アナ・デ・アルマス)の出身地は最後まで適当なままなのが何ともアメリカ的。

何となく悪い人のイメージがあるマイケル・シャノン、口の悪いキャプテン・アメリカ、顔のアップだけで嫌なトラウマが刺激されるトニ・コレット…。配役がどいつもこいつも怪しくて良かった。
ダニエルクレイグなのにフランス風の名前でアメリカ南部訛りというカオスっぷり。かなり勿体ぶった挙句、口を開けば田舎臭いという初登場の外し演出に笑った。

映画ならではの豪快な省略描写も気持ち良い。回想と現在があっさりと繋がる編集。木片を隠すシーンを入れるのではなく、フレーム外にぶん投げる事で「隠した」事にしてしまう手際の良さ。

アナ・デ・アルマスのゲロ、散々引っ張っておいて写さず終わるつもりかおいと思ったが…。最高のタイミングだった。

勢い付く探偵に横槍を入れるギャグは面白かったが、これは彼に全く思い入れがないから笑えるのであって、同じ事をルークにやったから、あの時はあんなにムカついたんだなと納得した。皮肉交じりのコメディ調こそが、彼が得意とするジャンルなんだろう。

SW公開時にはライアンジョンソン自身があのドーナツの真ん中で、論争の渦中に立たされてしまった。だが、今作の「真ん中の真実をどう解釈するかが大事」との言葉から、彼は作家として全く折れていないし、あの経験も前向きに捉えようとしていると感じた。

私も当時彼に刃を向けていた側だし、最後のジェダイが駄作という考えに変わりはないけれど、その後のディズニーの立ち回りに不憫に感じる所もたくさんあって。それだけに、このセリフはとても力強く響いた。

親の遺産を食い潰すだけの版権管理者の名前をウォルトにする辺り、普遍的な社会風刺でありつつ、物凄く個人的な皮肉の効いた映画にも見える。やっぱりよく出来てるわ。80点。
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