ShinTakeuchi

ホテル・ムンバイのShinTakeuchiのネタバレレビュー・内容・結末

ホテル・ムンバイ(2018年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

一級品のサスペンス(そして世界はまだテロを根絶できていない)

2008年にインドのムンバイで起きた同時多発テロ。中でも、テロリストに占拠された高級ホテル、タージマハル・パレス・ホテルに閉じ込められた客やホテルの従業員たちを描いた作品。

導入がまず巧みだ。
初めのテロが起こる。狙われたのは人混みでごった返す鉄道駅。そこでテロリストたちは(例えば声を上げるというような)何の前触れもなく、突然、銃を乱射し始める。
冒頭のこのシーンで、「テロリストたちは、文字通り虫けらのように、情け容赦なく人々を殺す連中」という印象を私たちに植え付けるのだ。

やがて、本作の主な舞台となるホテルにテロリストたちがやって来る。
ストーリーはホテルの従業員のアルジュンと、客であるアメリカ人建築家の一家(+ベビーシッター)を中心に描いて進む。

この映画は、ほぼホテルの中だけで物語が完結する「密室劇」だと言っていい。
本当は広いはずの、このホテル内の空間を、本作は実に分かりやすく扱っている。
事件の始まりでもあり、終結の場にもなったロビーの広い空間の使い方。ロビーからは四方に廊下が延びていて、隣に位置する廊下の先は死角となる構造になっている。この、「見えないすぐ向こうにテロリストがいるかも知れない」というサスペンスを、本作ではたびたび巧く使っている。
テロリストが客室フロアの廊下を歩き、片端から部屋を襲撃する横の移動。そして上下のフロア移動も巧みだ。
何度も描かれるテロリストと人質との、建物内での“追いかけっこ”や、アメリカ人建築家の夫婦やベビーシッター(夫婦の赤ちゃんと共にいる)が会えそうで会えない“すれ違い”もスリリングに描かれる。

設定もうまい。
アルジュンはシーク教徒で、彼らは外出時には頭にターバンを巻いている。
映画の冒頭で、彼がターバンをていねいに巻いているシーンが描かれるが、物語の中盤、このターバンを巡って人質となった老婦人とのやりとりがある。老婦人は彼のターバンにおびえていた。
アルジュンは彼らの宗教にとってのターバンの持つ意味を彼女に説明する。異なる宗教を持つ者に対する些細な無理解から来る不信と、そしてまた、その不信は対話によって克服できる、ということを描いている。
本作はイスラム急進派テロリストの非道な行動を描く。これは、異なる宗教への対立や嫌悪をあおりかねない。
だが、このシークエンスは、異教徒同士の対話による相互理解を表していて、残酷な状況下における人の温かな交流を描いていることが物語に厚みを与えている。

また、アメリカ人建築家の妻のザーラは、インド生まれのイスラム教徒だ。この設定も、本作に特別なスパイスを与えている。
彼女は同じように隠れている人質から、「あなたはテロリストの仲間ではないか?」と疑いの目を向けられる。
私たちにもある、宗教や言語による決めつけ。単純にイスラム教イコール、テロリストではない、ということを伝える。
このように感情移入する主人公側にシーク教徒、イスラム教徒を配することで、この映画は、観る者に対して、単純な二項対立構造を与えない工夫がなされているのだ。

また、この従業員側、客側を代表するダブル主人公それぞれで、親子のつながりが描かれる。この対比も見事だ。
国際ニュースにも取り上げられるような大きな事件、テロリスト側が掲げる宗教対立という大きなメッセージ。
しかし、個人にとって大切なのは身近な家族である。彼らにとっての事件の解決は、テロの制圧や犯人逮捕ではなく、子どもに再び会えることなのだ。
一方で、テロリストの1人が家族に電話をするシーンもある。彼はもう生きて家族と再会出来ないことを悟っていて、涙ながらに会話をする。
子どもと再会出来たアルジュンやザーラとは対照的だ。
テロリストは少年と呼んでもいいような若者たちである。人間そのものを武器とするようなテロのやり方の非道さ、そして理不尽さを伝えている。

ホテルの従業員、客はたびたび生死に関わる決断を迫られる。動くか、とどまるのか。自分の命、愛する人のため、他者のため、そして自身の正義のため、ギリギリの選択を下すシーンにたびたび涙腺が緩む。

この事件が起きたのは2008年。それから10年以上が経ったが、世界はまだ、テロを根絶できていない。
その意味では本作は、過去の事件を扱ってはいるものの、私たちがいま生きるこの世界が舞台だとも言えるのだ。
そして、この映画のような極限状態において、人はどのように愛や思いやりを持ち、勇気や尊厳を示し、また、自分の責任を果たし得るのか?という人間ドラマとして描いた。
この点において、この映画は極めて現代的な作品なのだ。

緊張感の連続で、観客をまったく飽きさせることのない脚本も見事。
傑作である。
ShinTakeuchi

ShinTakeuchi