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暁闇のeyeのレビュー・感想・評価

暁闇(2018年製作の映画)
3.7
"暁闇" (2018)

普段あまり耳にせず 聞き慣れない この言葉

"暁闇(ぎょうあん)" とは

暁と闇の中間に位置するくらいの時間帯で

→ 日が出てくる前の ほのかな明るさ

あるいは

→ 月のない明け方

まるで清少納言の "枕草子" を思わせる趣

この物語はタイトルに表されているように

登場人物達は 始終 仄暗いテンションで
作中全体のテンションも異様に低くて暗い

MOOSIC LAB 関連で "左様なら" にも通ずる
主人公の目に活気や精気がないのは何なのか

今作では ストーリーのあらすじにもある

・大人への失望
・親への憎悪
・友人達との繋がれなさ・孤独感

基本軸にユウカ・コウ・サキの3者の関係性
恋とも友情とも言えぬ部分がクロスしていく

3人はクロスしていくけれど
根底では全くと言ってクロスしてない 

まるでそれは空気みたいに実態がなくて軽い

不気味なくらい湿度が高く
ヌメッとした感覚に加えて

鬱っぽさに "死の匂い" がプンプン漂ってる

助けを求めて 涙が流れ 笑顔は消え失せ
グラグラした不安定感の中で浮遊してる

希望なんてなく 何ら死に向かってる

知らない男とセックスすることでユウカは
埋まらない心の空白を埋めようとしている

知らない男に首を絞めてもらい
そこで生きてることを実感する

父の愛を欲する少年コウ
コウの父もまた大きな愛に飢えている

サキは親の過度な期待と圧力により
サキ自身の首がしまっていく

異なる境遇は磁石のように引き寄せられ
苦節を経験する3人は息をしつつも

"諦めている"

無気力と無関心 そして 興味の減退
周囲への悲壮感と絶望感

寡黙さと脆さがやたらに際立ってる

3人が拠り所とする

ビルの屋上から眼下に広がる外側の世界には
眩い光が鋭く差し込んでいて幻想的でもある

渋谷にも 光はあって 影もある

3人が屋上で こじんまりと行なっていた花火は
終盤に花火大会で現実とは思えないくらいに

巨大な花火を目の当たりにする

夢の中で体験するような現実とは思えないほど
とてつもないインパクトを映し出してくれる

物語自体は息苦しさを感じつつ
3人は判り合わずにそれぞれの未来が前に進む

キャッチコピーにある

>失くしたものをこんなに愛せるとは思わなかった。でも何を、何を失くしたんだっけ。

自分が考えるこの問いの答えは

"失くした" と例えるよりも、、、

『過去に体験した友情のような結晶を
振り返っている』と例えられると思う

振り返ってみたときに "かけがえのないモノ
だった" と感じているのではないか

この作品は阿部監督の内側にある闇を形に
したそうだが コレはなかなか凄い

だって漂ってるのは "死の匂い" そのものだから
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