さすらいの用心棒

新聞記者のさすらいの用心棒のレビュー・感想・評価

新聞記者(2019年製作の映画)
3.8
政府の隠蔽体質にメスを入れようとする新聞記者(シム・ウンギョン)と、政府の情報操作に疑問をもつ官僚(松坂桃李)。二人の使命が交錯するとき、「保身をこえて守るべきもの」が問われる─────社会派サスペンス


「報道の自由度」はG7で最下位。政権批判的な報道を続けたテレ朝経済部長の左遷、同じく政権批判をしてきた某タレントのラジオ番組打ち切りなど、官邸への「忖度」が蔓延っていると言われるなか、ここまで政権や官僚制を批判する映画が世に出る意義は大きいと思う。

製作にあたっては「干されるから」と2社の製作会社に参加を断わられたり、日本人女優にことごとく主演を断られたり、公開後も何者かにHPをパンクさせられたりなど、「忖度」と「蓋をする」ことを描いた内容を地で行くようなことが起きているのも、映画の内容を裏付けているようで面白い。

森友・加計問題での職員自殺事件、首相と昵懇の山口敬之氏によるレイプ事件不起訴など、現在進行形のセンシティブな問題を扱いながらも、あくまで単なる政権批判ではなく、あらゆる組織に付きまとう「保身」について問いかけるフィクションであり、ファンタジーである。

製作陣がその点をわきまえていることは、演出や脚本を見てもわかる。

敵役である内閣情報調査室の青白く無機質な照明はあからさま過ぎて笑ってしまうし、シーンごとのライティングがあまりにも美しすぎて「作り物」であることを意識せざるを得ない(照明技術は素晴らしいと思う)。二人がたどりつく真相もすこし荒唐無稽な感があるし、そして、セリフが学生映画なみにリアリティがない。

藤井道人監督の長編デビュー作を見る限りでは単に演出がヘタなだけなんじゃないかかとも思ったけど、たぶん「フィクション」として製作しようという製作陣の意識がそうさせたのではないかと思う。それほど演出と脚本は創作的な作為に満ちているし、観客も見ればわかる。「これは完全なファンタジーだから騙されてはいけない」とわざわざ啓蒙してくる人がいるが(身内にもいるけど)、それはいくらなんでも観客をバカにしていると思う。

リアリティの問題のほかに、映画としての欠点もある。資料を漁るシーンでの不要なサスペンスや、内調が主人公らの挙動に気付きながら何ら妨害もしなかったことなどはエンタメとしては致命的だし、主人公の二人に色々と背負わせすぎて物語が時々停滞してしまっている。新聞社のシーンでのひどい手ブレが、「真実」を伝える姿勢になった途端にフィックスに切り替わるという演出もすこし安直に過ぎるとは思う。

ただ、松坂桃李とシム・ウンギョンの演技力が素晴らしいので、最後まで見入ってしまう。松坂桃李の抑えた演技には緊迫感があるし、シム・ウンギョンの表情の移ろいには思わず惹き込まれてしまう。

なんで日本人の記者じゃないんだと思う人がいるかも知れないが『タクシー運転手』では韓国の光州事件をドイツ人が報じたり、『スポットライト』では他宗教の編集長が就いたことでカトリック司祭の性的虐待を暴いたり、『キリングフィールド』でもカンボジア内戦でアメリカ人記者が登場するなど、他文化圏の記者を主人公にしたジャーナリズムの映画はむしろ王道と言ってよく、自分はあまり気にならなかった。シム・ウンギョンのキャスティングは妥当だし成功だと思う。

そして、本編の欠点を全部ひっくり返すくらいほどのラスト。わかりにくいという人もいるけど、このラストがなければ作品としての面白さもなくなってしまう。

記事を書くことで、かつて真実を報じた父のように自分も殺されるのか。

内部告発によって、自分も先輩のように殺されるのか。

真実をとるか、家族のために保身をとるか。

自動車飛び交う道路を挟んで見つめあう二人。

彼は、彼女は、その後どうするのか─────

その答えを明かさないまま、この映画は終わってしまう。ただ問いかけるだけである。

映画には現実を変えるチカラなんてものはなく、できるのは問題提起ぐらいだ。彼が、彼女がその後どうするのか。それは我々がどう行動するのか、ということにつながる。