さすらいの用心棒

天気の子のさすらいの用心棒のレビュー・感想・評価

天気の子(2019年製作の映画)
4.6
家出した少年が出会ったのは、祈るだけで天気を晴れにする力をもった少女だった────


とてもいい映画だった。

自分はひねくれた人間なので、前作『君の名は。』のあまりの世評の高さにすこし辟易していたけれど、そんな自分でもこの作品がもつ力強さには圧倒されてしまった。

雨に洗われる東京の瑞々しさ、カメラのフレアとスペクトル、幾層もの雨に与えられた世界の奥行き、ぴしゃりと跳ねる水しぶきの感触、光に対する謙虚な姿勢。いつもながら、新海誠の真骨頂とも言うべき画の精緻さと美しさにうっとりとしてしまう。

だから、こんなにも東京を鮮やかに描ける人が、こんなにも東京に対する嫌悪感を露にするとは意外だった。

逃げ場所を求めるように少年が上京した都市は、少年を受け入れるどころか彼を悪意と無理解のもとに引きずり出し、恫喝し、足をかけ、公権力で追いかけ回し、冷笑を浴びせる。

行く当てもなく、都会の底冷えに膝を抱え、黒猫ととも見知らぬ土地を彷徨う主人公の姿は『魔女の宅急便』のキキによく似ている。

キキは町でおソノさんと出会うことができたけれど、少年を救ってくれた中年ライターとの出会いは東京ではない。「不運にしてあなたが会っていないだけで、立派な大人がいるかも知れない」という希望も、東京にはなかった。

未成年の少女を売春に連れ込み、子ども相手に高額な宿泊費を要求し、「嫌な感じ」という理由だけで父親との面会も許さない。少年を助けたライターも例外ではなく、月3000円の給料で少年をこき使い、自分の立場が危うくなるとあっさりとクビにしてしまう。

東京は、徹底的に子どもを搾取する社会として描かれる。

そしてこの街は、自分のうえの天気を保つために、少女に呪いをかけ、「人柱」にしてしまう。

ここには彼らの居場所などない。理解者もいない。人が人であることを困難にさせる。

しかし、そんな街の中でも、雲間から漏れる陽射しを見つけることはできる。

大人はあまりにも愚かだから陽だまりを踏みつけても気づくことはできないけれど、彼らにはそれを守るために「選択」する勇気があった。

そして、自分を顧みずに守ろうとするやさしさも知っていた。

子どもというのはそんなにヤワじゃない。生きる力は元から備わっている。世界を変える力だって持っている。だから、くじけるな。

そんなメッセージが、伝わってくる。息苦しさを感じる子どもたちに「明日は晴れるさ」みたいな安っぽい言葉を投げかけることなく、ひたすら寄り添うことを選んだ作品。

今だからこそ見る価値のある作品だと思う。


(以下、ネタバレ)

『君の名は。』は、大林宣彦監督『転校生』(男女逆転)と『時をかける少女』(互いを忘れた男女のすれ違い)を包括した作品だったけど、本作はその『君の名は。』すらも呑み込み、新海誠監督なりの『魔女の宅急便』『もののけ姫』に挑戦しているように感じた。『星を追う子ども』で失敗したジブリリスペクトへのリベンジかも知れない。

『もののけ姫』にあった「子どもたちの心の空洞」「人間と自然との関わり」という大きな主題は、この映画にも感じることができる。少年少女の孤独や、彼らが受ける理不尽は、今を生きる子たちの心理や状況を表しているようにも見える。また、「我ら人間は湿って蠢く天と地の間で振り落とされぬようしがみつき、ただ仮住まいをさせていただいているだけの身」という坊主のセリフに代表されるように、我々が自然に仮住まいしていることを忘れた傲慢さを東京水没という形で追及しているようにも思える。

そういえば、天気の人柱にされた天野さんは『もののけ姫』で理不尽な呪いをかけられたアシタカのようであり、天野さんを助けるために両頬に赤い傷をつけた帆高くんと、頬に紅を塗るサンの顔が重なる気がする。

他にも、帆高くんが天野さんに手を伸ばすシーンは、タタリ神にはまり込んだサンを助けるアシカタの場面がすこし過るし、天空を落下するときに互いに手を取り合う場面は『千と千尋』か、黒猫の「雨」はさしずめジジかな。宮崎駿も色々なインタビューで「東京を高いところから見下ろすとですね、すこし海が戻ってきて、人間がすこし退くといいな、と」といっているし。

『君の名は。』で都会での生活の明るさや憧れを描き、田舎の町に隕石を落とした新海監督は、本作では東京の陰を描き、水没させてしまう。そういう意味では『君の名は。』とは対となる作品であり、登場人物を出すのも単なるファンサービスではなさそうだ。やっぱりセットで見ないとなあ。

東京が水没するという衝撃のラストは、新宿や池袋、渋谷、秋葉原、お台場といったところに心底うんざりしていた自分にとってはとても清々しかった(笑) 友達は不満だったみたいだけど、映画で描写された肥溜めのような東京を見てもまだ執着できる底意地には敬服してしまう。こうなる前に東京から脱出せねば(笑)