おーもり

ラストナイト・イン・ソーホーのおーもりのレビュー・感想・評価

4.3
監督十八番の音楽使いで、退屈する隙を一切与えてくれない。
選曲とリズムと映像によって、催眠状態にされているのだろう。色んな感情で振り回され、映画を見ていることを忘れてしまう。こういう映画体験が好きで好きでしようがない。

田舎から出てきた夢に向かって頑張る子が、都会とスクールカーストに揉まれ苦労する。というよくある導入。親目線で心配になっちゃう自分がいて、まぁそれだけでも楽しい。
ただ一つ、主人公のエロイーズにはある”才能”がある。亡くした母が鏡の中に見えるのだ。
この"才能"が何なのか。本筋である「時代を超えた追体験」とどう繋がってくるのか。冒頭時点では分からなかった。

寮から飛び出した先の下宿先。
差し込むネオン点灯とレコード曲のリズムがシンクロし、
夢の中で、美しいサンディとエロイーズがシンクロする。
エロイーズにとって憧れの60年代。光煌めく夜の世界で輝くようなサンディの人生を追体験していく。
心地よい名曲にのせて、エロイーズもサンディも、そして見ている自分も胸踊る楽しい体験。
入学後に遅れて始める大学デビューで、エロイーズの学生生活も嘘のように上手く回っていく。その様が面白いし、先の展開を想像してハラハラさせてくれる。

次第に破滅させられていくサンディの夢。
輝いているから影ができるのではなく、影があるから輝いて見えていたソーホーに巣食う汚い男ども。
夢の中で、為す術ないサンディを救おうとするエロイーズの叫びは届かない。
そしてスクリーン内で、翻弄される二人を見守しかない我々観客。このシンクロはやばい。

以下ネタバレあり。

悪夢に変わったこの体験。傍観者でしかなかったエロイーズが、ついに境界をぶち壊してサンディを抱き止める。
しかし悪夢は終わらない。
白昼は安全という前提が崩れ、夢と現実が曖昧になり、侵食されていく恐怖。スクリーンの外でシンクロしている自分にも、同じことが降り掛かってくるのではないか。

恐怖の対象は心霊ではなく、野蛮で欲にまみれた男どもの精神だ。
挙げ句、最後には醜い姿で「俺たちを救ってくれ」なんてのたまう始末。ふざけるな。
NOを突きつけてやった瞬間に心のなかでガッツポーズ。
もはや現実は遠のき、抽象的な空間のなかで語り合う二人。正しくないがそうするしか無かった事を身に沁みて知っている。悲しく怒れる舞台となった部屋を焚き上げるラストが切ない。

鏡にうつる微笑み立つ彼女。
あちら側の住人は、エロイーズのそばに現れ立っているのではなく、エロイーズが寄り添っているようにも感じる。それこそが彼女に与えられた”才能”なのではないか。
そんな感傷にふけって満足感とともに劇場を後にした。ぼんやりしててパンフレットを買い逃した。翌日買いにいきました。
心に余韻を残してくれる映画は好きだ。