Eike

ラストナイト・イン・ソーホーのEikeのレビュー・感想・評価

4.0
エドガー・ライト待望の新作は舞台を故郷、イギリスに戻して1960年代と現代のロンドンのソーホーで一人の女性が経験する奇妙で恐ろしい出来事を描いております。
本作もやはりコロナ禍の影響で公開が予定より1年遅れた訳ですが、エンディングで写される現代の無人のロンドンの風景はその影響でロックダウンされた時の風景であるそうです…。
本作におけるロンドンはソーホー一帯の60年代の情景の構築はお見事です。
きらびやかでありながらも、ふと石畳の隙間から長年にわたって溜まった人々の破れた夢と欲望の腐臭が漂ってきそうな雰囲気。
私が初めてロンドンを訪れた80年代半ばの時点では、ピカデリーサーカスやソーホー地区の再開発は終わっておらず、まだ依然としてアダルトショップやストリップ小屋なども普通にあったりして微かに淫靡な匂いを漂わせていたことを思い出しました。

ライト監督は出世作「Shaun of the Dead」からも明らかなようにホラーを愛する(?)クリエイターではありますが意外なことにこれまで恐怖を前面に押し出した作品は発表しておりませんでした。
しかし現代英国の「オタク派クリエイター」の代表格(もう一人はマシュー・ボーン氏でしょうね)だけあり、かなり個性的なものになっていて、いわゆる「ホラー映画」とは趣が微妙に異なっております。
まず、女性を主人公に据えたのもこれが初めてということで、脚本を共同で書いている気鋭のライター、クリスティ・ウィルソン-ケアンズのサポートが大きかったらしい。
クリスティ女史はやはり地方からロンドンに出て来て、パブでバーテンダーをしながらシナリオの勉強を続けていたそうでヒロイン、本作のヒロイン、エリーの境遇にはその経験がストレートに反映されている模様です。

今作を果たして「ホラー映画」として捉えるかどうかは見る人次第でしょうが個人的には「ホラー要素を含んだミステリー」と言った方がしっくり来るように思えました。
本作との共通点も伺えるJ・ワンの近作「マリグナント」の方は逆に「ミステリー要素を含んだホラー映画」と言える気がします。
この両作品の共通点としてイタリア製恐怖映画Gialloの影響がありますが、本作では赤と青のライティング、ヒロインが身に着ける白いビニールコートのスタイル等にもその気配が感じられそうです。

本作はクライマックスを除けばある一人の女性が経験する「幻視」を描いただけの作品とも言える訳で、かなりパーソナルで小粒な印象があります。
恐怖要素がエリー個人以上に拡大していく形態をとっていないこともあり、「ホラー映画」にはめ込むのも少しためらうところもあり、むしろヒッチコックの「めまい」を想起させる心理スリラーの気配が濃厚にも思えました。特に1960年代が舞台のシーンが多い事もあってクラシックな雰囲気はかなり強い。
そうして、当時の雰囲気を見事に蘇らせながらも、現代の作品だけあってデジタル効果を利用しまくりな訳で、ヒッチコック師匠の時代には(このレベルでは)実現できなかったような描写が満載。この部分こそが本作の見どころです。
特に冒頭とクライマックスではエリーの意識が2つの時代の境界線を越えて行く様が実にスムースで浮遊感すら感じられる映像になっており、くらくらするほど魅惑的。
時折エリーとサンディーがすり替わるシーンがあるのですが、あまりにその移行がスムースなのでどうやって撮ったのか分からなかったり、すり替えに一瞬気づかなかったりするほど。
当然デジタル効果の利用かと思えばあのダンスシーンでは実際にアーニャとトマシーンがカメラの動きと連動して体を張って交代しているそうで一度見ただけではどうやったのか見当がつかないほどよくできております。

約2時間の上映時間はこの小粒な内容からすると少々長めにも思え、中盤辺りでは中だるみも感じられるのだがそこは「旬」のヒロイン役二人に「華がある」ので助けられている気配も。
元々はアーニャ・T・ジョイがヒロイン、エリーを演じる予定であったそうですが彼女にカリスマ性を見たライト監督がサンディー役にシフトさせたそう。勢いがあるっていうのはこういう事なのでしょう。
本作の先行ラフカットを見る機会を得たG・ミラー監督は速攻で、マッドマックスのスピンオフ作、”Furiosa”のヒロイン役を彼女にオファーすることにしたそうです。
左様にアーニャ・T・ジョイ嬢は2021年時点での「ミューズ」なのかもしれませんね。

作品のタッチとしてヒッチコックの影響はもちろんですがどことなくQ・タランティーノ氏の影響も感じ取れます。
これは自説ですがオタク志向の強いクリエイターが自由に作品を撮るとタランティーノタッチが出て来るような気がします。
近作ではジェームズ・ガンがやはり好き勝手に作った「ザ・スーサイド・スクワッド」もタランティーノ臭が強かったですよね。
本作における序盤のサンディーとジャックのダンスシーンにはパルプフィクションにおけるヴィンセントとミアのダンスシーンへのオマージュと言った気配も。
ライト監督によると、そもそも本作のタイトル、”Last Night in Soho”のアイデア自体がライト氏がタランティーノ氏との雑談中に出たものだったそうです。

ライト監督にはこのままじっくりと自分の世界観を生かす作品を作り続けていただきたいものです。
ちなみに現時点での次回作はなんとS・キングの”Running Man”のリメイクだそう(どうなるかわかりませんが)。
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