菩薩

82年生まれ、キム・ジヨンの菩薩のレビュー・感想・評価

82年生まれ、キム・ジヨン(2019年製作の映画)
3.5
旦那の「手伝うよ」が優しさと変換されてしまう世の中の残酷さ、何故子育てに積極的に「参加」する男性は「イクメン」と称賛されるのだろう。妊娠・出産以外は男性にだって当たり前に出来ることなのに、何故彼等はそんなに堂々と胸を張ってやれ「オムツを代えた」やら「お風呂に入れた」やら「ミルクをあげた」やらと豪語してみせるのだろう。と、こんな事を言うのははっきり言って自ら真綿で首を締め続ける行為に他ならないから虚しいだけなのだが。

世間が求める「男性」たる水準には逆立ちしたって辿り着けないと悟った時から、自らの人生に他人を介在させる事をやめ、他人の人生に介在する事を諦めた。もし自分が幸福だと感じるのであれば、それはきっと誰かの幸福をむしり取っているに違いないと恐怖したからだ。誰かに踏まれる事にも、誰かを無意識に踏んでしまうのにも疲れてしまったから人生から逃げた、一人で死んでいこうと誓った、ただそんな風に生きたって、見知らぬ誰かはいつだって自分を踏み付けて来るのだが。

この社会は犬も喰わないクソほどくだらないプライドの上に成立しているのだと思う。フェミニズムと言うものを積極的に学んだことが無いので、誰々の言葉を借りてこうであると言うことが出来ないが、ただそんな論理的に考えるべきでも無いとは思っていて、無理な事を無理と、嫌な事を嫌と、辛い事を辛いと、おかしい事はおかしいと当たり前に発言出来る社会の構築にこそ意味があると思っている。それは「オレ達」の権利の侵害ではなく、むしろ拡充にも繋がる筈だと。

きっとこの作品が提示する生きづらさと言うものに己を重ね合わせてしまう人を罵倒する人がこの先出て来るし、私はそれを乗り切ったのだから貴女もきっと乗り切れる筈だと圧力を掛けてくる人も出て来ると思う。他人の生きづらさを否定する世の中を根底から覆すにはどうすれば良いかを考えている、自分が経験した我慢を他人にも強いる人間にはなりたく無いと努力している、どうせ一人で死ぬのにそんな事をしても無駄だとは思わない様にしている。何者でも無く生まれた私達は、きっと誰かに「こうあるべき」と規定されるべきでは無い。生きていくのに必要なのは強さよりも優しさであると思いたい。皆が少しだけ立ち止まって、自分が誰かを踏み付けていないかを確認するだけで、世の中は一歩ずつでも前に進めるのではないか。個人的にはこの作品に希望を見出す事は出来なかったが、誰かにとっては希望の光となる事を祈っている。
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