雷電五郎

9人の翻訳家 囚われたベストセラーの雷電五郎のレビュー・感想・評価

3.9
世界的ベストセラーの翻訳として招かれた9人の翻訳者を情報漏洩防止のため、シェルターで仕事をさせていたはずが新刊の内容を流出させるとメールで脅迫がきたことにより犯人探しが始まるサスペンスです。

オチはなんとなく分かってしまいましたが、個人的にはアレックスの気持ちが少し理解もできます。

お金を重視する作家も多いでしょうが、利益を顧みずに自己の内面に存在する世界を小説という形で表現する作家にとって作品は自分そのもの。
エリックのやっていることは、作家の最も情感的でセンシティブな表現を切り刻んで札束に変え、しかも、それを多言語に訳し言葉を原著に近しい表現にして伝える翻訳者を蔑ろにする行い、いわば、作家本人と作家の共感者とも言える翻訳者を踏み台にして成り立つ利益です。
エリック自身は何も生み出していないにも関わらずです。

その上、アレックスの支えであったジョルジュを殺害しており、エリックは彼の大切なものすべてを己の利益とエゴのために踏みにじった。
加えて、本を売る立場でありながら、犯罪の証拠を隠すために本を焼いたエリックには最早、本を、作品を、文学を語る資格は一切ありません。

サスペンスのていですがこれは完膚なきまでにエリックを奈落に叩き落とし、死よりも重い罰を受けさせるための復讐の物語でした。

本を売ることに躍起になって作家の望みを蔑ろにしていないか?作家あっての小説であり、小説という芸術は商業主義によって独占されるべきではない、というフランスらしいプライドを感じさせる映画でした。
この辺の考え方は「騙し絵の牙」に見る日本の考え方とちょっと通じるところもありますね。騙し絵の方では「良い作品だからといって必ず売れるとは限らないジレンマ」も焦点ではありましたが。

ラストに刑務所から出てくるアレックスの表情が辛かったです。ジョルジュはアレックスの作品が完成する上で精神的にも決して欠かせない存在で、オスカル・ブラックは二人で一つのペンネームだったのですから…
作品の熱狂的な信者とも言えるアニシノバに惹かれたのも納得が行きますね。

ちなみにこちら、ダ・ヴィンチコードの原作著者が新作を出した際に地下室に翻訳者を隔離した話を元にしているそうです。

とても面白かったです。
雷電五郎

雷電五郎