螢

あなたの名前を呼べたならの螢のレビュー・感想・評価

あなたの名前を呼べたなら(2018年製作の映画)
3.8
静かで繊細であると同時に、インドにまだまだ残る身分制度や因習といった社会問題も丁寧かつ無理なく盛り込まれた、とても良質な大人の恋愛映画でした。

夫と結婚後4ヶ月で死別し、口減らしとして貧しい農村から都会のムンバイに出稼ぎに来たまだ年若い未亡人のラトナ。彼女はとある資産家の新婚夫婦の住込みメイドになるはずだった。
けれどその結婚は、こともあろうに式の当日に新婦の浮気が原因で破談となってしまう。
ラトナは、夫妻が暮らすはずだった広い高級マンションで、傷心の新郎アシュヴィンの身の回りの世話をすることになる。

因習に縛られた苦しい環境の中でもファッションデザイナーとして自立する夢を追い求めて行動する健気で優しいラトナ。
長くアメリカで暮らし、先進的な考えを持ちながらも、家族の業に縛られているシュヴィン。
それぞれの孤独が共鳴するように、二人は、ゆっくりと静かに、けれど確実に心を通わせていく。けれど、二人の間には身分の壁が立ちはだかり、それに縛られるラトナはアシュヴィンの思いを受け入れられなくて…。

インド映画らしい明るく歌って踊っての派手な映像や大きな展開は全くありません。
内気で生真面目な二人がお互い思い合っているのになかなか進展しない様は、もどかしいというよりも、丁寧に二人の心のひだや傷に寄り添っていること、そして、現実社会の課題をも巧みに描いていることがわかって、かえって好ましいです。
画面は基本的に暗い色調でまとめあげられていますが、人や物に落ちる淡い影が繊細で、監督の美意識の高さを感じます。

そして、静かだけど胸に染みると同時に、ほのかな希望も感じさせるあのラスト。
この映画にはあのラストしかないってくらいしっくりきました。

なにより、それまでの二人の関係性を示しながらも、そして、あのラストをくっきりと浮かび上がらせた邦題「あなたの名前を呼べたなら」の見事さを噛みしめてしまいました。
原題の「Sir」もシンプルにこの物語を表しているけれど、私は邦題の方に軍配をあげたい!

こじんまりしているけれど、とても品よく素敵な作品です。
螢