蛇らい

初恋の蛇らいのレビュー・感想・評価

初恋(2020年製作の映画)
3.7
三池崇史がヤクザに投影するものの幅の広さがとても効いていた。インタビューでも本人が言っていたが、ほとんどの映画でヤクザは悪やアウトローなどの単純な記号としてしか機能していない。ヤクザの中に見え隠れする人間味や可笑しみみたいなものを描写し、劇中で動き回らせることで、それ以外のものも自ずと見えてくる。ヤクザのポテンシャルを誰よりも理解している監督だと言える。

任侠映画はとことん渋く、ハードに、バイオレンスに、硬派に、といった合言葉のようなものがあると思うが、それはそれで可能性を狭めているのではないかとも思わされる。劇中2時間の中に人生の苦難を凝縮し、具現化したのが本作ではヤクザの役割だ。

そんな苦難の中を掻い潜って出会う恋と結ばれる恋も長い目で見れば存在し得るし、意味のないような最悪な出来事や悲運も、結果的にいい方向に向かう可能性も秘めてるでしょと勇気を貰える。

父親を殴ってくれた同級生が助けに来てくれるわけでもないし、ヤクで大金が手に入るわけでもない。幻覚と戦う描写もしっかりと描き、これからもボロアパートで暮らしていくというリアリティからも逃げない。でもその中で明らかに変わったものと、細く長く続く幸せに価値を感じる。

役者がみんな生き生きしていてよかった。演じていて楽しいだろうなと思ったし、それぞれ魅せすぎるくらいの見せ場も用意されていて大満足。ギャグのシーンは全部笑えた。個人的に1番よかった演出は、ガソリンまみれの犬のおもちゃが火のついたろうそくに突進するシーンです。

最後に監督がインタビューで言っていた、観る映画の選び方について共感しまくりだったので貼っておきます。

「もちろん流行っているものを観て、共感してみんなで分かり合う、みんなが観てるものを観る。それで、みんなと同じところで笑ったり泣いたりっていう、要は一人じゃないんだって感じるための映画もあると思います。でも、同時に映画には違う役割もあって、例えばあなたはこれを観るかも知れないけど、オレはこれを観る。あなたはこの人が好きかもしれないけど、オレはこの人が好き。あのセリフ、みんなは良いっていうけど、オレはこっちのセリフの方が痺れる。日本映画は観るけど、フランス映画は観ない、逆に日本映画は観ないでフランス映画だけ観ますとか。ほかの人と一緒っていうことじゃなくて、自分はほかの人と違うっていう、差別化をするためにも使えるんですよね。」

「今はほとんどそういう機会がないというか、ちょっと変わった映画は都会の限られた劇場でだけやっていて、都市部に住んでいない人はみんなが喜んでいる作品しか観ることができなくなってる。それが20年も30年も続いているから、映画はそういうものだってなっていってしまっていると思います。もっと知らないもの、ほかにも楽しいもの、自分に合うものがあるはずのにそういったものに触れる機会が少なくなっているっていうのは、残念だなって感じますね。今は単館の映画館っていうのがほとんどないわけですからね。ということは、20年ぼくが遅ければ、『殺し屋1』(2001年)を作ったところで、流してくれる劇場がなかったわけですよね。どんどんそういう可能性が収縮していっているという感触は強くなってます。」

監督の言うとおり、映画館に来る若い人たちは何を観るべきなのか選択することを放棄しているんじゃなくて、選択肢があることを知らない。結果みんなが観ている、ネームバリューのあるものに群がる。

そういった状況下で、普段映画をあまり観に行かない人がこぞって『ジョーカー』や『パラサイト 半地下の家族』を観に劇場に足を運ぶムーブメントは本当に重要で、これが本物の映画なのか!という体験は、自分に合う作品を探求するきっかけになり、何を良しとして何を観るかの有益な判断材料になる。本作もそういったポジションに相当する作品だと思うので、何を観たらいいのか迷っている人は是非観てほしい。
蛇らい

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