ちろる

その手に触れるまでのちろるのレビュー・感想・評価

その手に触れるまで(2019年製作の映画)
3.6
ベルギーに住む13歳のアメッドは、どこにでもいるゲーム好きのごく普通の少年だった。
そんなアメッドがイスラム教の経典コーランに熱中することによっえ次第に過激な思想に染まっていく過程を映し出す問題作。

本作のためにオーディションで選ばれた主役の少年がかなり魅力的。
抑えた演出ながら、周りの人たちの気持ちに説得力があった。
有名な俳優を使っていない中で少年をひたすら追うというカメラワークは印象的。

少年がイスラム原理主義に没入していく過程や、彼の女教師への憎しみなど理解できないところもあるが、そういうものはそもそもが明快な理由などない。少年がどのように現実を受容していくようになるかという作品なのだろう。

宗教+心理サスペンスで、移民が多く流入し、テロの温床とも言われる今のベルギーにおける宗教&民族の多様化を背景としている。

物語はざっくり言えば、
「テロリストが出来上がるまで」
そもそもアメッドがイスラム原理主義に傾倒していくのは、自身が不幸なのは、ムスリムでありながら戒律を守らないことにあると考えているからだろう。
自分達に父親がいないのは母親の飲酒や、姉たちの自由な行動はいずれも戒律を守っていないせいだと思い込み、結果的に短絡的な行動に出てしまう。
実にバカらしいのだが、思春期ならではの思い込みの激しさが生んだ事件とも言える。
そして物語は、アメッドが少年院に入ってからの後半がスリリングでサスペンスフルになってくる。
収監されたアメッドは、アラーに対して赦しを乞う。アメッドにとっての罪は殺人未遂ではなく、農場の少女とキスしたことだった。
まさしく、身も心もアラーの教えの中だけに生きるアメッド。
しかし屋根から転落して死ぬかもしれないと思ったアメッドは、その瞬間にアラーではなく「ママ」と口にする。何よりも信仰、何よりもアラーであったはずが、究極の瞬間には母親を乞うのだ。
そして、殺そうとしていた相手である女教師にアメッドは助けられ、彼は混乱をする。
イスラム教徒であるアメッドのお祈りの時間をしっかり把握している教官。アメッドの信仰が尊重され守られていることに彼は何の疑問も抱かず、感謝もない。
そんなアメッドがラストで、本来ならば一番最初に言わなければならなかった謝罪と感謝の言葉をやっと先生に伝える。
自分のことばかりで何も見えていなかったアメッドが、人の助けがなければ生きられないことを知り、自分が本当に犯した罪を認めることができたのだ。
ほんの少し視野が広がるだけで、ほんの少し知恵を得るだけで人は変われる。

『その手に触れるまで』という邦題は
女性に触れることを禁忌とする教義の問題提起の意味合いではなく、赦しを乞うて再生していく過程を見ているのか?

テロ行為は決して理解できないし、したくもないのだが、こうしたアメッドのような犯人らも「赦し」を知れば再生することができるごく普通の青年であることを知ることになる。

本作のためにオーディションで選ばれた主役の少年がかなり魅力的。
抑えた演技ながら引き込まれる。
有名な俳優を使っていない中で、少年をひたすら追うというカメラワークは印象的で、唯一無二の空気感を作り出しているのは見事だった。
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