mocmo

ANNA/アナのmocmoのネタバレレビュー・内容・結末

ANNA/アナ(2019年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

 キリアン・マーフィが出ていることと女スパイが活躍する話なんだな〜ぐらいにしか知らずに見たのでがっつりロシアの話で嬉しかった。
 タイトルの「ANИA」が秀逸。「NИ」にモデルとしての名前アナ・Mの「M」が隠れていて、「AN」はラテン文字でアメリカ(CIA)、「ИA」はキリル文字でロシア(KGB)と、二重スパイであることを表現しているのだろう。「M」は作中で言及される意味の他に、意味で幼いアナが言ったМат(チェックメイト)のМを含むかもしれない。

 この映画は「可哀想なアナが己の頭脳を駆使して自由を勝ち取る物語」といった綺麗なものではなくて、「狡猾な女狐がわざと庇護欲を掻き立てるように振る舞い、己を利用しようとする者を利用し返して目的を果たす物語」なのだと思う。

 アナにとって一番欲しいものは自由で、その対極が「家」であるような気がする。家は自分を守ってくれるけれど檻でもある。だから任務を果たせばもっといい家に住めると言われても、恋人がアナのために立派な家を建ててくれても、それでは満足できない。ラストシーンでアナは公園(屋外)に現れてそのまま外の世界へ消えていく。
 アナに家を与えようとする人たちは皆、アナを下に見て保護する対象だと捉えている。皆"困っているアナ"を助けてあげようとするけれど、実際はアナが絶妙な加減で己を弱く見せ、守らせただけに過ぎない。

 アナがペーチャやモードやアレクセイやレナードと性行為に及ぶのは、その場その場で守ってもらうための媚売りだろう。ペーチャが殺されても動揺しなかったように、モードに次第に冷たくなっていったように、守ってもらう必要がなくなったらどうてもいい。モードに対する態度の変化が一番わかりやすくて、パリに来たばかりの時はラブラブだったのに、モデルとして成功しカメラマンを殴り倒す頃にはそっけない態度になっている。アレクセイとレナードにもあなた達だけが家族だなどと言って別れたが、恐らくこれも方便。もしくは我々が一般的に想像する「家族」の温かみとは異なる意味を含む可能性が高い。

 オルガにはお色気作戦が通じない。そこでアナは信頼を損なわない程度に任務をこなしつつ時々ヘマをしてオルガに弱った顔を見せたり、お土産のポストカードをプレゼントするなどして懐いているように振る舞う。オルガはアナに厳しいようでいて、徐々に絆され、長官の座をちらつかせられたところでアナを逃がしてやっても良いとまで考えるようになる。
 ところがオルガは最後に自分もハニートラップにかかっていたことを知り思わず"Bitch"と悪態をつく。これは単なる定型的な悪態ではなく、確かに「尻軽女」の意味で言ったに違いない。しかしある程度客観的に見ていた我々視聴者ですら、最後までアナがアレクセイやレナードやオルガを慕っていたかのように見えてしまうから恐ろしい。

 そもそもこの保護者と保護対象の関係は、親、特に父親から始まっていたように思われる。アナの両親はごく普通に彼女を愛していたようにも見えるけれど、アナの才能を目にして立派な軍人に育てようとしただろう。そしてアナは親に敷かれたレールをそのまま歩んだからこそ一度は士官学校へ進んだはずだ。それが本当は嫌だったのかもしれない。オルガへのビデオメッセージのシーンで父親をチェスで詰ませる回想が重ねられるのは、親に決められた軍人としての人生を捨て、家を出て自由になることの象徴だろうか。
 アナは一体どこから仕組んでいたのだろう? もしかして両親の死も……と恐ろしい考えが浮かんだ。
mocmo

mocmo