パングロス

BRING THE SOUL: THE MOVIEのパングロスのレビュー・感想・評価

BRING THE SOUL: THE MOVIE(2019年製作の映画)
4.1
◎BTSが世界の頂に駆け上った2018年の舞台裏

BTSに本格的にハマったのはコロナ禍で暇を持て余していた2020年2月。

YouTube を漁っていて、彼らの新曲 “ ON “ の2つのMVにたどり着いた。

ひとつ目は、ロサンゼルスのセプルベダ・ダムで撮影されたというキネティック・マニフェスト・フィルム。

*1 BTSメンバーが心に刻んだ風景を追体験。ロサンゼルス聖地巡礼レポート【祝!グラミー賞ノミネート】
2022.1.19 桑畑 優香
mi-mollet.com/articles/-/33898?layout=b

軍楽隊のマーチのリズムで始まるジミン、テテの歌唱、RM、SUGA、J-HOPEとバトンタッチされる三者三様の個性的なラップ、ジンが引き継いで訪れる静寂のなかで始まる、中間部のグクのハイトーンのエンジェルボイス。

耳からだけでも物凄い情報量なのに、これに人間業とは信じられない超絶技巧のダイナミックなダンスが次から次へと展開する。

いやぁ、凄い、凄過ぎる。

そして、しばらく後に公開されたオフィシャルMV。
何じゃ、こりゃ。
これって、MVか。映画の間違いじゃないのか?

何かに感染したことを思わせるテテの首のあたりにペインティングされたツリー状のタトゥー。
旧約聖書のノアの方舟からの種々の引用。
映画『メイズランナー』を思わせる巨大な壁。
そして、壁の開放と民衆の歓喜。
RMが先導して登っていく、プライド・ロックの壮大さ。

このMVのメッセージ性にも、ぶん殴られたように圧倒された。

そして、知ったリーダーRMによる国連総会でのスピーチ。

*2 世界中の若者たちへ
BTS防弾少年団が国連総会で行ったスピーチ
2018年9月24日ニューヨーク発
www.unicef.or.jp/news/2018/0160.html


難しいことは何も言っていないのに、分かりやすい英語で自分自身というものをさらけ出しながら “ Love yourself “ を訴える。
何と説得力のある言葉なのだろう。
感服した。

本作でも、このRMのスピーチに言及されている通り、ワールドツアーに臨んだ彼らを追った本作が描く「2018年」という年は、BTSが名実ともに世界のトップアーティストとして、ファンを超えたカリスマ=時代のアイコンとしてトップに登り詰めようとしていた時にあたる。

同年10月24日には韓国政府から史上最年少で花冠文化勲章を授与された。

12月1日のMMAでは2つの大賞を含む7冠、12月4日のMAMAでも2つの大賞を含む5冠を受賞。

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いではあったが、一方、上記MAMAの受賞スピーチでJINがこの年の初めに解散危機があったことを告げ、J-HOPEやテテが号泣するなど、内実は波乱に満ちた一年であったようだ。

特に、日本では、この年10月末、韓国の大審院が旧徴用工問題に関して日本企業に損害賠償の支払いを求める原告の勝訴を確定させる判決を下したことに、日本政府(安倍政権)が激しく反発したことを機に、保守派・ネト◯ヨを中心に反韓・嫌韓感情が異常に高まっていた。

*3 元徴用工訴訟問題と日韓請求権協定
国際法学会エキスパートコメントNo.2019-8
和仁 健太郎(大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授)
脱稿日:2019年7月29日
jsil.jp/archives/expert/2019-8

間の悪いことに、この年11月9日にMステに出演予定だったBTSに関して、過去にジミンが、1945年の日本支配からの解放を記念する光復節を祝する言葉と原爆のキノコ雲がデザインされたTシャツを着ていたことを問題視する投稿が相次ぎ、出演が急遽取りやめになった。
BTSは11月13日に「原爆をイメージするTシャツの着用は誤解を招くものだった」と謝罪、同日、日本原水爆被害者団体協議会は謝罪を受け入れ「こうした表現を巡る問題では、対決や分断を煽るのではなく、対話を通じてお互いの理解を深める方が望ましい」との談話を発表した。

このいわゆる原爆Tシャツ問題をめぐっては、ファン有志による130ページにも及ぶ白書も公開されている。

*4 はちみつと焼酎 2021-04-11
「Tシャツ問題」白書を読んでみた
honeysoju.hatenablog.com/entry/2021/04/11/163130

しかし、一部のネト◯ヨは、これを機に「BTSは原爆を揶揄して謝罪しない反日グループだ」との誤った言説を流布し続け、ある意味、相当数の一般の日本人に偏見を植え付ける結果をもたらした。
この異常事態を防ぐことができなかったことは、BTSと日本社会の双方にとって今に至る不幸な禍根を残すことになった。

以上のように、さまざまな文脈において、2018年のBTSは大きな転換点に立っていたというべきであるが、本作では、あくまでワールドツアーとその舞台裏の彼らの姿を追うことに徹していて、そうした「全体像」は示されない。

もちろん、” Mic Drop “ “ IDOL “ “ Fire “ など名曲の数々が、世界各地のステージで披露された映像は感動するし、人々を楽しませるステージを降りた彼らの満身創痍の姿や、オフのくつろいだ笑顔からは、彼らが生身の人間であることを感じられて、映像として観られたことを喜ばずにはいられない。

ただ、繰り返すと、すでにアイドル、アーティストというレベルを超えて、世界のカリスマとして君臨しつつあった彼らを俯瞰した、いわゆる「BTS現象」の深層に迫るような作りにはなっていない。

披露される楽曲の多くは耳馴染みのあるものとは言え、相変わらず、歌詞の日本語字幕は付かない。

基本的に、彼らと彼らの楽曲を良く知っているファンに向けた「ファンムービー」の域を脱していないのだ。

BTSが「世界のトップ」に登り詰めようとしていたのが、2018年から2022年までだとするなら、ある意味、蜜月だった文在寅大統領の退任(2022年5月9日)前後は彼らにとっても転機だったのではないか。

2021年から23年にかけて3年連続でグラミー賞にノミネートされながら、ついに受賞することはかなわず、その功績から兵役免除の議論もなされたが結局、全員が順次入隊することになった。

BTSが、今や一大ジャンルとして世界にファンを広げているK-pop のたんなる一グループに過ぎないのか、それとも、それ以上の存在なのかは、来年、2025年に再び実現する「完全体」の復帰後にこそ、その真価が問われることになるだろう。

その際には、いよいよ「BTS現象」の深層に迫る、ドキュメンタリー映画が製作されることを望みたい。

《参考》
❤️BTSアミしてる❤️ラブリーマンネ♡Jung Kookブログ♡
BTS映画「BRING THE SOUL: THE MOVIE」と長期休暇☆⋆*.。
2019年08月13日
ameblo.jp/loveyourself-amiami68/entry-12505655086.html
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