映画漬廃人伊波興一

Mank/マンクの映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

Mank/マンク(2020年製作の映画)
3.4
これは(責任)を巡った映画である

デビット・フィンチャー

「Mank/マンク」

わたくしはこのデビット・フィンチャーの新作「Mank/マンク」を心おきなく楽しむ為にあらかじめいくつかの事を記憶から遠ざけてみました。

まず彼の前作が正視に耐えなかった「ゴーン・ガール」であった事を忘れます。

また彼の作品系譜の中には「ソーシャル・ネットワーク」のような有効性に欠けた伝記モノが混じっていた事も忘れます。

ついでに「ドラゴン・タトゥーの女」や「ゾディアック」といった、サスペンスの熟成にいささかも寄与しない理屈に溢れていた作品の存在も忘れます。

また一方では「セブン」や「パニック・ルーム」といった緊張感溢れたサスペンスが存在していた事実さえ忘れます。

さらにエドワード・ノートンとマイケル・ダグラスに悪夢と現実の彼岸を行来させた「ファイト・クラブ」や「ゲーム」も忘れます。

実はデビュー作がシリーズもの「エイリアン3」であった事や、比較的好ましい印象を残した「ベンジャミンバトン 数奇な人生」なんて映画があった事もこの際忘れましょう。

ここまで来たらテレビドラマ「ハウス・オブ・カード」シリーズなども記憶の彼方に追いやります。

それら全てをきれいさっぱり忘れて、唯一心に留めておくべき事柄は、「Mank/マンク」は史上名高いオーソン・ウェルズの「市民ケーン」の誕生に絶対不可欠だったハーマン・J・マンキーウィッツという脚本家を描いた映画である、という事実に尽きます。

ティム・バートンがエド・ウッドを描ききったように、デビット・フィンチャーはハーマン・J・マンキーウィッツを描ききった!

もうそれだけで充分であるはずだし、またそうでなければなりませぬ。

ほとんどの人間は実のところ真の自由など求めていないと思います。
なぜなら自由には責任が伴うからです。

自分の撮った映画をあっさり他人にくれてやったり、自分の名前がクレジットされているのに断固として自作と認めなかったり、主演俳優が逝去しているのに何年も撮影を続けたり、あらゆる意味で(完成)から遠ざかろうとしたオーソン・ウェルズの自由奔放ぶりは傲慢さからきたものでなく責任からきたものです。

この「Mank/マンク」を観ると、その事が本当によおく分かります。