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Mank/マンクのnowstickのレビュー・感想・評価

Mank/マンク(2020年製作の映画)
3.7
何年か前に市民ケーンを見て、その当時は面白さが理解できなかった。
しかし、宇野維正氏の「ハリウッド映画の終焉」という本で本作が紹介されていたのと、牧野武文氏の「火星人襲来と市民ケーン」という本を読んだことから、市民ケーンを見返そうと思い、その前に予習で本作を鑑賞した。

脚本は、当時ジャーナリストの仕事を引退して余生を過ごしていたジャックフィンチャーが、本作の監督で自身の息子でもあるデビッドフィンチャーから、市民ケーンの脚本家であるハーマン・J・マンキーウィッツについての物語を書くことを勧められて、執筆したという。映画脚本の執筆は初めてとなるジャックフィンチャーにとって、「映画素人のオーソンウェルズが、ジャーナリストの生涯について描いた映画である、市民ケーンを書いた脚本家についての映画」は格好の題材だと思うし、親父にそれを勧めたデビッドフィンチャーの判断も正しかったのだろう。

ストーリー展開は明らかに市民ケーンを意識した非線形の語り口となっていて、時系列を動かしたせいもあってか、映画前半部分は割と話の焦点がボヤけている印象を受けてしまった。しかし映画後半、マンキーウィッツがパーティーで酔っ払って演説みたいな事を始めるシーンで、一気に焦点が合ったように思う。脚本としては、及第点と言えるだろう。

映像も明らかに市民ケーンを意識していて、白黒での陰影表現、パンフォーカスが多用されていた。市民ケーンの時代は、感度も低い白黒フィルムの時代で、照明を大量に必要とするパンフォーカスでの撮影は大変だったが、デジタル技術が進歩した現代においては、とても簡単に出来るようになった。よって本作ではカラーデジタルカメラによって、広角レンズのパンフォーカスで撮影された映像を、ポストプロダクションによって白黒デジタルという、かなり珍しい形態に変更し、色合いの面でもやたら手が加えられていて、見たことがない、意味のわからない映像になっていた。
カラー時代になっても、ノスタルジーとして、あえてモノクロで制作された映画はこれまでも数多く存在したが、本作は白黒時代の技術を使うのではなく、現代の技術を駆使した、白黒映像の最先端になっていた。こういった映像表現は後世でどのように判断されるかは分からないが、個人的にはかなり興味深かった。

あと、これまで、あまり意識した事はなかったが、自分はデビッドフィンチャーの映像表現が好きなんだと思う。本作の、葬式会場から出た瞬間に車からハンカチを捨てる描写とかも、現実ではあそこまで露骨な奴は居ない気もするが、映画としてはキレが良く、カッコ良い映像になっていた。

本作を楽しむには映像においてもストーリーにおいても前提知識が必要だし、表現としては、かなり入り組みすぎているとは思う。ただ「アベンジャーズエンドゲーム」みたいに、前提知識として映画を数十本見ることが要求される作品が受け入れられている現代において、市民ケーンと1930年代のカリフォルニアについて、少し調べれば着いていける本作を、否定することも出来ないだろう。
オッペンハイマーを見た時も思ったが、現代ではネットで調べれば分からないことがすぐに分かるし、映画を見る人が少ない以上、少ない映画ファンをターゲットに何度も見てもらう必要がある。またサブスクの登場によって、これまで切り捨てられていたコアな需要も拾えるという状況も相まって、本作のような入り組んだ作品が生まれてくるのだろう。

色々書いたが、良い映画だとは思う。
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