マカ坊

ルース・エドガーのマカ坊のレビュー・感想・評価

ルース・エドガー(2019年製作の映画)
4.3
あくまでも娯楽映画としての体裁を取りながら、複雑な状況を複雑なまま観客に放り投げてくる意欲作。まさに今の映画だ。

1ストライクでバッターアウト。どころか即退場になるかもしれない、黒人にとってのアメリカ社会。エリトリアからやってきた黒人青年は、自分で決めたわけでもないそんな理不尽なルールの下で、「完璧であり続ける」という無慈悲なミッションを課せられた。

「イット・カムズ・アット・ナイト」でも不思議な存在感を示した主演のケルヴィン・ハリソン・Jr.にルースという役柄を理解させるために、手本となる人物を2人示したと監督のジュリアス・オナーは明言している。

バラク・オバマとウィル・スミス。

劇中、「Yes We Can」の掛け声が聞こえてきたときは思わずゾッとしたが、要はこの2人のように、明るくユーモアがありそれでいて知的でクールなイメージ。これまでの、マッチョで、それ故に強調される性的なイメージの黒人とは異なるキャラクターを「表面上」は体現させる必要があったという事。

典型的なリベラル層からみた「理想的な黒人」という役割を与えられるルースが本心では何を考えているのか。観客を無意識にこの視点に誘導させ、それ自体が興味の持続に繋がるという何とも残酷だがハッとさせられる構成は見事。

パンフレットで初めて知った「リスペクタビリティ・ポリティクス」(差別されないように模範的な行動を取る事)という概念。これを知ってから改めて観るとより明確にルースの感じる「息苦しさ」が理解できるかもしれない。

黒人と白人という対比だけでなく、黒人同士の世代間の軋轢(またこの歴史教師の名前がハリエットというのも重い…!)や、ジェンダー、親子、夫婦など、様々な関係性の中に依然とある居心地の悪さみたいなものをちょっとした演出などで皮肉りながら、かといって断罪するわけでもなく観客に投げかける姿勢にも誠実さを感じた。

個人的にはルースの母とアジア系の彼女が2人で会話するシーンの残酷さと、あの妙に近くで聞こえる(気がする)不穏なBGMとともに走りだすルースの姿が特に印象的だった。

映画の登場人物が走るとき、そこには必ず何らかの意味がある。こちらに向かって走ってくるルースのあの表情が忘れられないし、忘れてはいけないのだと強く思う。
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