マカ坊

オッペンハイマーのマカ坊のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
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想像力を試される映画。

改めて自分は何も知らないし何も分かっていないのだなと思った。そしてこれからも軽々しく「分かった」などと言って自分を納得させてはいけないのだなとも。

とりあえず帰宅後すぐに「この世界の片隅に」を観直し、足りなかった何かを埋めようとした。

正直「日本人として絶対に観るべき」と言えるほど、これまでの人生で原爆について考える事に時間を費やしてきたわけでは無い私のような人間でも、観てよかったと素直に思えた。怖かった。

相変わらず時間と戯れまくる複雑な構成と、あえて説明が省かれたまま続々と登場する人物達をいっぺんで把握することは難しく、本当にノーランの頭の中はどうなってるのかと訝しんだが、それをショットの繋がりとして組み上げた編集のジェニファー・レイムも改めてとんでもないなと思った。何でも今作の撮影中、彼女は「ブラックパンサー ワカンダフォーエバー」に携わっていた為、オッペンハイマーの撮影が終了してから編集として参加したらしい。そんなスケジュールの中でこんな仕事をするというのだから、そらオスカーも取るわなと。

ノーランにとっての「シンドラーのリスト」とも評される今作がアカデミー賞を席巻し、スピルバーグから直接トロフィーを手渡されたシーンは象徴的だった。別にスピルバーグの後継者がどうとかいう話ではなく、単に「映画が視える人達」の交流に思うところがあったというだけの事だが。それは必ずしもポジティブな意味だけではない。(そう考えると今作におけるアインシュタインはスピルバーグ?…と邪推するほどパラノイアを募らせるのは余りにも不適切か…)
しかしこの文脈で考えるとベニー・サフディのキャスティングにも、作劇の外側にある映画作家としての「何か」は確実に乗っている気がする。

あくまでも史実に基づいたフィクション作品として今作を捉えた時、オッペンハイマー=ノーラン本人という構図が否応なく見えてくるが、そこから観測できるのは、「学ぶことを放棄するな」「映画を観て何かを分かった気になるな」そしてやはり「君たちには分からない」という、映画監督としてのノーランの矜持、というよりはエゴのような屈折した強いエネルギーだった。

鑑賞後、この映画をきっかけに改めて自分なりに色々と原爆にまつわる歴史を調べ直している今、彼がこの題材を用いて、「分からないのに面白い」という映画体験を提示した事そのものにこそ今作の真価があると感じる。

個人的な体感として、ここ10年程で「分かった人」がとても増えた気がする。より正確には「分かった人であると他人に思われたい人」。自分自身を「分かった人」だと錯覚させる事で自らの利得を追求する人。〇〇する人はみんなバカです。と言って耳目を集める人。

「分かった」という態度はつまり、「もうこれ以上分かろうとしない」という諦めの宣言に過ぎず、そういう意味で、「分かった」と「分からない」は実はほとんど同じものなのではないか。唯一異なるのは、「分からない」の先には「だから分かろうとする」という分岐が存在する事だ。

「分かった」や「分からない」という諦念の心地よさに浸かって自らを慰めるより、たとえその先に"答え"が無くとも、「分かろう」ともがきながら知の泥に塗れる生き方をこそ選びたい。
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