イルーナ

マローナの素晴らしき旅/マロナの幻想的な物語りのイルーナのレビュー・感想・評価

4.4
「幸せは苦しみの休息にすぎない」

『ロング・ウェイ・ノース』に続きNHKで深夜放送された、欧州のアートアニメ。
差別主義者のドゴ・アルヘンティーノの父と雑種だけど平等主義者で聡明な母の間に生まれた9番目の子犬。
生まれてすぐに母から引き離された彼女が死の間際に振り返る、波乱万丈な人(犬)生。飼い主が変われば名前も変わる。
「ナイン」「アナ」「サラ」そして(作中では白黒だけど)栗色だから「マロナ」。

前日の『ロング・ウェイ・ノース』はシャープで硬質な絵柄でしたが、こちらは曲線をフル活用した変幻自在の作画。
劇団イヌカレーの「魔女の結界」を連想した方も多いのでは?
サンドアートに切り絵、水彩、アクリルなどなど。身近でありながら無限の宇宙を感じさせる。
特に曲芸師マノーレの動きは特筆もの。もうグネグネ動き回る。それでいて全編統一感があるのだから相当なもの。
そうした夢のような絵柄とは正反対に、彼女の生涯には常に不穏な影が付きまとう。

弱い立場の者は、上の立場の者の都合に振り回される。
幸せな時は長続きせず、すぐに別れの気配が忍び寄る。実際飼い主の多くが何らかの問題を抱えていた。
そういう立場の者にできるのは愛してくれる人を想い、小さな幸せをかみしめながら生きることだけ。
のんさんの素朴な語りが作風にマッチしていて、心にしみます。
だからといって決して無邪気なばかりでなく、他者の不運や悪意には敏感。見た目だけでなく中身も母親似なんだろうな。
自分の存在が原因で出世のチャンスを潰してしまったと責任を感じたアナが、マノーレの元を去っていくところが健気すぎる……
しかもその後に彼女を探す張り紙が一瞬映し出されたのがまた。
マノーレもきっと、ずっと責任を感じながら生きたんだろうな……

マノーレとのエピソードが子供時代ということで夢があって温かった分、その後のエピソードはかなり怖さが感じられる。
建設業者イシュトヴァンの母親、あれ薬とか血糊とかついてたけど、認知症、それとも……?
あまりにもワガママで主張がコロコロ変わる妻が落書きみたいな作画だったのにはちょっと笑ったけど。
マロナを拾って必死に家族を説得しようとしたソランジュがあっさり飽きて、平気で捨てていいよとか言い放つとか、割とありそうで怖い……
捨てられているのを見て飼いたい、守ってあげたいと思うのはいいけど、実際に飼おうと思うとお金も知識も愛情も必要になってくる。
一つでも欠けた場合、お互い不幸なことになる。そんな中で、一番飼うことに反対していたはずの祖父が、一番情が湧いていたのが救いだった。
それでも彼女は、ソランジュを守ろうとして……
イシュトヴァンの妻と違って最後まで見限らなかったのは、やはり彼女に善性が残っているのを信じていたからですよね……

彼女の生涯は波乱万丈ではあったけど、確かに「愛」はあった。
「幸せはほんのちっぽけなこと。とるに足らないこと。ひと皿のミルク、昼寝、骨を隠す場所。そして、大切な人との時間――」
ほんと、身近にいる愛してくれる人は大切にしないとな……
イルーナ

イルーナ