ダイヤモンド

はなれ瞽女おりんのダイヤモンドのレビュー・感想・評価

はなれ瞽女おりん(1977年製作の映画)
4.5
「瞽女が忘れてはならんことは 瞽女の礼儀作法じゃ。瞽女は耳も鼻も口も足元も みんな阿弥陀さまにおあずけしておるんじゃけん。そうじゃきに 毎朝毎日お経をあげて その大事な作法の道を踏み外さないようにお願いしてるん。
踏み外させば地獄 おっとろしい地獄に堕ちるんじゃけにのう」
盲目の幼女おりん(岩下志麻)を預けられ、一人前の瞽女に躾けるおかさま(奈良岡朋子)の言葉。

「おららはむかし 全国旅なされて 人の罪、咎を救うて歩かれた坊さんみてえに 仏の代わりになって 旅しておられるんじゃて」
また、旅先で聞いたこんな言葉も。

おかさまの言葉、旅先で聞いた言葉を肝に命じて瞽女の旅に出るが、仏になれない。人としても幸福を求めてしまう。それは”めくら”であっても変わらない。
ましておりんは別嬪ゆえに、行く先々で男たちが黙っていない。彼女も人肌のぬくもりを求めて、拒まない。春をひさぐ。その末、薄幸の身の上の寂しさに、また女としての歓びを知ってしまった彼女は堕とされ、「はなれ瞽女」として独りで芸を売る旅に出る。
そんなおりんを心底想う男が現れる(原田芳雄)。今までの男と全く異なる彼は決してカラダを求めてこない。おりんが願っても応じない。その純粋さに初めのうちは戸惑うおりんであったが、やがて深い愛を知る。
ようやく本当の幸福が訪れた。
しかし長くは続かなかった。

日本海の重苦しい冬空、コブシやツクシなどが咲く早春、瞽女が季節の一風景として見事に収まっている。その詩情豊かな絵は、美しくも、もの悲しい。その風情だけでも目を奪われました。
おりん役の岩下志麻は可憐で儚げ。品を作る姿が艶やかで、蠱惑的な瞽女としてリアリティがある。それにおかさん役の奈良岡朋子も凛としていながらも、情も感じさせる師の役が合っていた。

今の世ではありえない、しかしかつて確かに存在した生業。現代の目からそれを非難するのも良いが、そういう人々が存在していた時代というものを認識するのは無益ではないと思います。それが映画というフィクションであっても。
そして、そのような境遇に生まれ落ちながらも、人は精一杯生きてゆくその健気さに心打たれる。

例えば、おりんだけでなく、瞽女は芸を売ると共に、時にカラダも売っていたという事実。ただの慰み者にしていた男たちだけでなく、女たちも見て見ぬ振りをしていただろうことは想像できる。そこには女性蔑視だけでなく、同性も含めた身分差別があったのだろうと。