Moi00039

すばらしき世界のMoi00039のネタバレレビュー・内容・結末

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

いろんな人に見てほしい映画。
胸に響いたセリフが二つあった。
一つは、津乃田をそそのかしたTVプロデューサーの吉澤が、三上が暴力沙汰を起こしている現場から走って逃げ出した津乃田を罵る場面で言ったセリフだ。
「カメラを持ってるなら撮りなさいよ!撮らないなら間に入って止めなさいよ!あんたみたいな人間が、一番誰も救えないのよ!」
TVプロデューサーとして、三上を食いものにしようと近寄っているという役柄だったけれど、吉澤は吉澤で、自分の仕事を通じて社会を変えようという覚悟を持っていた。その一方で、映画には描かれていないけれど、視聴率を上げて金を稼がないといけないことも彼女にとって真実であり、その人としての優しさと、この社会で生きていくためのルールに縛られている彼女のあり方に泣きたくなった。人を救うのはとても難しいことだ。
もう一つは、津乃田に逃げられた三上が、自分の人間性が変えられないと絶望感に駆られて、九州の暴力団仲間に会いにいったところだ。釣りから帰ってみると、家の前に警察車輌が止まっていた。三上が持ち前の正義感で駆けつけようとすると、姐さんが横から走ってきて三上をタックルするように止める。三上が刑務所に服役している間に暴力団に対する締め付けが強くなっていて、三上が頼った仲間のところも実は風前の灯だった。姐さんはそれをわかっていて、三上を強く止める。
「堅気は辛抱がいる、辛抱しても大したものにもならん。けど、空が広いち。」
そう言って、三上に丁寧に包まれた餞別を渡す。元々そうするつもりだったかのように。それは姐さんが勝手にしたのか、頼った元の仲間が用意したのか分からないけれど、たしかに三上の背中を押す優しさだった。自分が苦境に立っていても人の気持ちを思いやれるような人が、一方では暴力団として誰かを痛めつけていて、社会の中では反社会的勢力として排除されていく。そんな理不尽さと、人の心の優しさを見せつけられて、涙が止まらなかった。

この映画は、三上が母を探しているというストーリーも並行して進められる。三上が出所して津乃田と会ったばかりの頃、津乃田に暴力団にいることに罪の意識はないのかと聞かれたときに、
「こんな人間でも、ようやってくれたと言ってくれる人がいる。褒めてくれる人間がいるところに、お前もいたいと思うやろ?」と頭を洗いながら語るのだ。
三上の根底には寂しさがあると思う。幼少期に母から真っ直ぐに愛情を向けられないと、人はずっと何か欠けたような気持ちを抱えていく。人を渇望する気持ちは、反転して怒りや暴力に繋がりやすいのは、「普通」に社会を生きている自分も良く分かる。社会という大きな括りではなくても、会社とか何かの集まりでも、除け者にされれば、孤独や寂しさから気持ちがねじれてしまう。それを三上は出生からずっと感じ続けてきたわけだ。
けれど、養護施設まで母のことを聞きに津乃田と一緒に行き、当時ご飯をつくりにたまに来てくれていたお手伝いさんと、養護施設の歌を歌うところで、自分を見ていてくれた人の存在があると気づく。子供達とサッカーをしたあとに、徐に泣き始めたのは、きっと母への憧憬を止められない自分への哀しさと、暴力団にいたときも含めて、母親以外の手を差し伸べてくれる周囲の存在に対するどうとも出来ない感情の発露だろうと思った。やりきれない自分の気持ちが、子供達の笑い声から呼び起こされたのかもしれない。そういうどこへもやれない気持ちは自分も持っているし、息子の笑顔を見たときに、それがうわっと溢れそうになることがあるから、三上が蹲って泣き続ける場面は、胸を抉られるようだった。
世間で普通とされているところから逸脱している人が、社会から零れ落ちないようにどこかで救うことが出来ないのだろうか。三上の母親もきっと救われないといけない側だったはずだ。

個としてはどんな人間も優しさも残酷さも狡さも持っていて、それが表に出るか否かで普通に生きていけるかどうかが決まる。三上が最後に勤められた介護施設でも、施設職員が老人を懸命に介護する一方で同僚の障害者を虐めていた。
人の優しさと残酷さが交互に照らされて、気持ちが揺さぶられ続ける二時間だった。

最後にカメラの煽りで広い空が映され「すばらしき世界」と映画の題名が出る。姐さんの言った堅気の世界の広い空。姐さんが必死になって三上を押し戻したこの世界は本当に生きるに値するすばらしい世界か?
最後に突きつけられたこの問いに、心からうんと頷ける人がどれほどいるだろうか。
自分は心からうんとは頷けない。だからこそ、この社会に生きる人たちが、少しでも幸せを感じられるように、小さくても出来ることをやっていきたい。息子が生きていてよかったと言える社会にしたい。
いろんな人がこの映画をみて、社会が少しでも変わればいい。
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