ちのも

すばらしき世界のちのものネタバレレビュー・内容・結末

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

人生の半分を刑務所の中で過ごした中年男性と彼に関わることになる人々の物語。原案未読。

人懐っこく一本気な三上を演じた役所広司が圧巻。人と繋がった時の嬉しそうな顔が映し出されるたびにじわっと目頭が熱くなる。元妻の子の歳を聞いた時、悪意ある物真似をこらえ名を呼ばれて迎合するまでなど随所で痺れる。最後、花束に手を伸ばしながらただ天井を向いているだけなのに勝手に脳内でモノローグが聞こえてしまってもう涙腺がだめだった。

三上を取り巻く人々も出しゃばらず、しかし確かに三上を時に恐れ、時に投げ出しつつ現実的な様子で心を寄せている様子がリアル。元々の話の筋も勿論良いのだろうけれど、誤解から打ち解けて根気強く接するスーパーの店長の六角精児、お役所仕事かと思いきや人事を尽くすケースワーカーの北村有起哉の寄り添いぶりがうまい。小物ディレクター感あふれる中野太賀、一転して三上の物語を書き始める時の妙な高揚と万能感がこちらにも伝わってきた。

総じて脚本も映像も素晴らしい。不意に挟まるカットに誰かの台詞を思い出すこと多々、世界は繋がっているのだと感じ、いつ三上が再逮捕されてしまうのかと冷や冷やしながら観た果て、嵐の夜の中閉められない窓という演出に心乱される。

一度踏み外した人の困難は三上の浮き沈みとともに描かれているのだが、個人的にはプロデューサーの吉澤が止めに入るかカメラを回すかだろ、と切った啖呵が物見高い我々への密かなボディーブローだったと思う。私たちはメディアを持つようになったが、それ以前に自身も、時に相手も人であることを忘れがちだ(そしてメディアは視聴者投稿に頼る始末)。メディアリテラシーという言葉とともに中井英夫の『虚無への供物』を思い出した。

嵐と三上の去った朝の空に浮かぶタイトルがやけに美しく、彼と関った人たちと共に、嵐は去ったはずなのに何処か呆然とした気持ちで映画館を出た。押し付けがましくない、素晴らしい問題作だった。
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