アキラナウェイ

すばらしき世界のアキラナウェイのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.4
目の前に敷かれたレールを一歩踏み外すと、なかなか元に戻れないのが世の常。

本作のように、ヤクザ者がカタギに戻る事も、非正規雇用の方が正規雇用に登用される事も、引きこもりや不登校の方が会社や学校に戻る事も、問題の大小あれど、本質は全て同じ事に思う。

一度貼られたレッテルは
いくら剥がそうと思っても
皮膚に喰い込んでしまって
なかなか容易に剥がれない。

冬の旭川刑務所。その男、三上(役所広司)は刑期を終えて出所した。迎えてくれたのは身元引受人の弁護士、庄司(橋爪功)。"元殺人犯"である三上は、次こそ堅気の世界で生きると決意するも世間の風当たりは厳しい。その頃、作家を志す津乃田(仲野太賀)は、TVプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)と共に、三上に取材を申し入れる—— 。

もう、役所広司の演技にどっぷりと魅せられる。

自分史上、邦画で主演を張らせたらこの人が最強。演技が抜群に上手い。

方言もそう。
前科者であるリアリティもそう。
ヤクザ者であるリアリティもそう。

温厚で、人懐っこい笑みを浮かべているが、怒ると手がつけられない。"瞬間湯沸かし器"とは劇中の言葉であるが、まさに三上を表す最適な表現だと思う。

カッとなって、凄んで見せた時のヤクザ言葉。その目つき、顔つき、一挙手一投足に、こちらは震え上がる程の恐怖を覚える。

役所広司は怪物だ。

収監されている間に失効してしまった運転免許証。三上が冒頭にぶつかる壁である。前科者が仕事に就く事が、如何に厳しいのかを突き付けられる現実。

我々は、津野田を通じて三上の社会復帰を覗き見る。堅気の世界に戻る事がこんなにも難しいのか。

身元引受人の弁護士夫妻も、
三上が通うスーパーの店長(六角精児)も、
彼を取材する津野田も、
皆んな優しい。
優しいけど、
個人の優しさだけでは、三上をこの世界に受け容れられる訳ではないんだ。

堅気の世界に馴染めないなら…
元の世界へ…

ここでも役所広司の演技が光る。ヤクザの世界に戻ると方言がキツくなる。その変化にいち早く気付く津野田と同じく、観ている我々も、役所広司のグラデーションの如く魅せる演技の変化に舌を巻く。キャラクターを演じるとはこういう事なのだという説得力。それが役所広司には在る。

蜘蛛の糸に縋(すが)る様に、
優しく握られた秋桜(コスモス)の花が萎れている。

監督西川美和が突きつけた、"すばらしき世界"は、文字通りの意味を持つのかも知れないし、皮肉めいた意味合いなのかも知れない。

レールを外れ、レッテルを貼られた者にとっては生き辛い側面も描きつつ、それだけが真実ではないかも知れない希望が描かれている。津野田を演じた仲野太賀が見せた号泣。

そんな彼がいる世界こそ、すばらしき世界ではないか。秋桜が咲き誇る世界こそ、すばらしき世界ではないか。

多くの矛盾を孕みながらも、
僕らはこのすばらしき世界を生きなきゃいけない。

願わくば、道を外れた誰かに
声を掛け、背中を流し、涙を流せる様な誰かでありたい。

兎にも角にも、役所広司。
彼の怪演で全体的に演技レベルは引き上げられている。

たまの邦画も良いもんだ。