かなり悪いオヤジ

すばらしき世界のかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
2.9
他人が書いた小説を原案にした初めての試みも、ワーナーブラザースというハリウッドメジャーが配給元になったことも、西川美和にとっては全てが裏目に出てしまった失敗作であろう。作家佐木隆三の下に「自分をモデルに小説を書いてくれ」と延べ23年間を刑務所で暮らした男が売り込みにやって来た事が、小説を書く動機になったという。本来ならば、小説家→TVディレクターに置き換えられた津乃田(仲野太賀)が語り部をつとめるべきところなのだが、その視点はかなりボヤけており、監督西川美和の分身とも言うべきこのキャラクターがどういう男なのか、最後までわからなかった方も多かったのではないだろうか。

刑務所を出所するも気質の生活になじめず苦労する前半のストーリーは、藤井道人監督『ヤクザと家族』を思い出させるが、映画後半、三上(役所広司)に次々とご都合主義的な救いの手がさしのべられるため、“ヤクザ版ドキュメント72”のようなリアリティを全く感じることができなかったのである。要するに社会的に孤立していると一人思い込んでいた元極道の回りに、いつの間にか友達の輪が出来上がっていて、それに気づいた天涯孤独な男に生きる希望が芽生える、といった西川美和らしからぬ陳腐なヒューマンドラマになり下がっているのだ。

高血圧の持病が原因で亡くなった三上の死を悼む津乃田が、他の取り巻きが比較的冷静にその死を見守っているのに対し、まるで自分の親が死んだかのごとく泣き崩れたのはなぜなのだろう。三上をネタに書いていた小説がとん挫してしまうから?三上の暴力性が怖くなって尻尾を巻いて逃げ出した津乃田の人となりがしっかりと描けていないため、それはコレコレこういう理由でとここで説明できないのである。作家佐木隆三は、まっ白な戸籍の空白部分を埋めるべく元ヤクザからのヒアリングによって書き上げた小説をして、警察の詳細な調書“身分帳”とタイトリングしたのではないだろうか。

よって津乃田の取材は、三上と一対一で対峙し取り調べをするようなヒリヒリとした緊張感が、演出上絶対に必要だったと思われるのだが、幼い頃生き別れた母親探しへの同行、という何とも人畜無害な平和な付き添い人として登場するだけなのである。時には三上の狂気に同調し、気質と反社の境界線をふみこえてしまうような思い切りの良さをみせてもよかったのではないか。ハリウッドのメジャースタジオが配給元になった時点で、暴力を助長するような危ない演出がすべて封じ込められることは自明だったのであるが。