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エルヴィスのnetfilmsのレビュー・感想・評価

エルヴィス(2022年製作の映画)
3.8
 正直言って若い頃の薄化粧の中性的なビジュアルの方が、晩年の見慣れた太いもみあげにパンタロンのイメージに比べて遥かに今風で、洗練されていることに驚く。良く知らないのだがエルヴィスってこんなにモダンだったのか。これが本当なら、70年代のグラム・ムーヴメントを遥かに先んじている。こういった伝記映画の多くが偉人が育った時代の空気を再現しようとするのが常だが、バズ・ラーマンはモノクロームの時代をカラーで再現するだけではなく、そこに分割ショットやEDMなどの挑発的なBGMをエルヴィスの往年のヒット曲に盛り込み、バズ・ラーマン独自の色味とミュージカルの様な高揚感で50~60年代をアッパーに彩る。そこが賛否の分かれるところだと思う。50年代の若者の手に握られたSUNレコードから発売された全て黄色の7inchが、やがてRCAの黄色へと微妙な変貌を遂げるあたりが音楽的には面白みがあるところだが、その辺りの黒人音楽を取り込む過程が色々と雑というか、再現ドラマの域を出ないのが残念だ。ジャズやブルースより前に黒人霊歌や賛美歌が黒人音楽のルーツとして横たわるのだが、白テントの憑依の場面は作り物だとしてももう少し音楽ファンの好奇心をくすぐるものであって欲しいものだ。今作は全体としてケネディなどの時代背景はしっかり素描できているが、肝心要の音楽シーンの作りこみが甘い印象だ。

 映画そのものは、エルヴィス・プレスリー(オースティン・バトラー)のマネージャーだったトム・パーカー(トム・ハンクス)による1人語りの回顧録なのだが、その割にはエルヴィスとトムとの間柄を何が強固に結びつけたのかは曖昧模糊として、ややはっきりとしない。片田舎のメンフィスに生まれ、それゆえ世情に疎く、若い時分から浪費癖があったことも書き込まれているのだが、母親への家とピンクのキャデラックを早々に手に入れてからは、所得の上昇がどのように彼の人格を蝕んでいったのかはイマイチ判然としない。ショービズの世界では母の死と入れ替わりで運命の出会いがあり、ドラッグやアルコールが身を滅ぼすのは世の常だが、それだけでは有名人の成功と転落の物語とほぼ変わらない。だいたいスターというのは有名になる頃合いでプロダクションと手を切るのも常道なのだが、なぜ死の直前までエルヴィスとトムの手が切れなかったのかという点においても、ブーメランで莫大な金額を請求される描写はあったものの、本当にそれだけだったのだろうか?ホテルでの権力者とのナプキンでの生々しいやりとりなどは、やり手だったトム・パーカーの山師的な才覚が垣間見えた瞬間だったが、願わくばエルヴィスの歌手としての凄みとほぼ同等にトム・パーカーの山師的な人となりをもう少し深く掘り下げて欲しかったところだ(極度の肥満体系は何度かヒッチコックにも見えた)。クリスマス・ショーや晩年のカムバック番組の映像の再現度の高さは織り込み済みだが、ある種最高の極彩色だった『ムーラン・ルージュ』のバズ・ラーマンでなければ、と思う節もある。
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