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プロミシング・ヤング・ウーマンのambiorixのレビュー・感想・評価

3.8
周りからの評判があまりにも良かったので、はじめは前のめりになって見ていたのだけど、うーん、期待しすぎたか?そこまでハマれなかった。
クラブで舞い踊る男たちの下半身を次々にとらえた冒頭の演出からも明らかなように、本作の主人公キャシーがターゲットにするのは「男という生き物が無自覚に持つ加害性」だ。彼女は、夜な夜な無防備な格好でクラブに繰り出しては、お持ち帰りを狙う男たちに制裁を加えていく。そして、かつての同窓生ライアンとの再会をきっかけに、あるレイプ事件関係者への復讐を敢行していくことになる。けれども、いわゆる極悪非道のレイプ魔や、絵に描いたようなヤリチンやなんかは本編には出てこない。むしろ、男たちには婚約者や妻子がいたり、社会的なポジションをしっかり持っていて、傍目からは紳士にしか見えない。作中の言葉を借りていうなら、みんな「いいヤツ」なんだよね。もちろん、かかる紳士然とした普通の男性というのはスクリーンの前の男性観客を指しており、そういった人間に向けてこの作品は、「お前らだっていついかなるタイミングで性犯罪の加害者になるかわからんし、ことによるともうなっているかもわからんぞ」と言っている。「潜在的な当事者であることから逃げるな」と言っている。したがって、作中の男たちに自分の姿がダブって仕方ない、という人間にとって、コメディの成分を多分に含むこの映画を笑いながら鑑賞することはとてもじゃあないができないはずだ。
と言いたいところなんだけど、一般男性というカテゴリの網の目からこぼれてしまい、どう頑張っても当事者になりえない層っていうのも中にはいるわけですね。それがまさに俺なので、レイプはアカンし、あろうことかそのことを若気の至りだったかなんか言って矮小化し忘却してしまうのもアカン、と重々承知しつつも、皆さんのように作品の放つメッセージを十二分に受け止めることは申し訳ないけどできなかった。
しかしながら、アカデミー賞の脚本賞を取っただけあってお話の構成は本当に巧み。主人公キャシーの真の目的やバックグラウンドをもったいつけながら開示していく手つきの鮮やかさと言ったらないね。
とくに印象に残ったのは、医大の学部長ウォーカーとのやりとり。今までは傍観者を気取り、同じ女性でありながら女性を抑圧する側に加担してきたウォーカーでさえも、いざ愛する人が性犯罪に巻き込まれたと知るや突然に態度を翻して狼狽えてしまう。この落差の凄まじさ。人は傍観者でいる限り目の前で起きるどんなに非人道的な行いも看過できてしまうし、その一方で、傍観者であることをやめようと思ったら自分が事件の当事者になるしかないのか?でもそうなった時にはもう手遅れなんだよな…と考えずにはいられない場面だった。
まあ確かに肌には合わなかったものの、ポップでカラフルな復讐系サスペンスという娯楽性の要素と、いびつなジェンダーバイアスの告発という社会性の要素とを高いレベルでバランスさせた作品であることは疑いようがないし、見終わったあと無性に誰かと語り合いたくなるタイプの映画でもあるので、そういう意味では必見。
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